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帝京大学 CVS セミナー スライドの説明 自在に心臓を停止、再拍動させることができ、大きな障害も残らないとすれば、どれほど 大きな貢献になるだろうか。Denis G. Melrose1955 現在心臓手術では当たり前のように自在に心拍動をコントロールしている。つまり心操作 の際には心停止し、また心内操作を終えると元通り心拍動を再開させている。心停止は 4 時間程度まで持続可能であり、再心拍に際しても心機能は速やかに回復する。こうした技 術は、安全に心内操作を行うためには必要不可欠な要素であるが、かつては夢の技術のよ うに思われていた時代があった。こうした技術の獲得の変遷を振り返る。 この写真は、体外循環装置開発のパイオニアである John Gibbon 氏とその妻 Mary のもの である。彼らは 1930 年代より、IBM 社の協力のもと、マサチューセッツ総合病院にて体 外循環装置の開発を進めてきた。1940 年代後半にはなんとか犬の実験に成功し、いよいよ ヒトでの心臓手術への臨床応用の期待が高まりつつあった。そして 1949 年、ついに 15 の尐女で初の体外循環装置を用いた心臓手術に着手する。その尐女は心房中隔欠損症であ り、Gibbon らの開発した体外循環装置を用いて、修復術を試みる。しかし、残念ながら尐 女は術後死亡してしまう。そして 4 年後、18 歳の心房中隔欠損症の尐女に対し、再度体外 循環装置を用いた修復術を試み、ついに手術は成功する。しかし、幸福な時は長くは続か ず、その後 2 人の患者で同様の手術を行い、いずれも術後死亡に終わる。結局、それ以降 Gibbon が体外循環装置を用いた心臓手術を行うことはなくなる。 1955 年になってメイヨークリニックの John Kirklin Gibbon の開発した体外循環装置 を用いて、8 例の先天性心疾患(ファロー四徴、完全肺静脈還流異常など)の児童に対する 心臓手術を行い、 4 例で成功させる。いよいよ体外循環装置を用いた心臓手術が、心臓病に 対する現実的な選択肢となる。 1960 年に Texas Heart Institute Denton A. Cooley は、死亡率 10%以下という驚異的な 成績で手術を成功させる。彼の用いた方法は、単純大動脈遮断であり、心臓を拍動させた まま、心臓への血流を遮断するものであった。そのため、心内操作時間は著しく制限され、 彼のような驚異的なスピードで手術を行わなければ、安全な手術は行えなかった。 こちらは当時の彼の報告であるが、その内容をみると、 “尐数の症例においては、術中に原因不明の重度の心機能障害に陥り、手術室で死亡する ことがある。彼らの心臓は収縮しないというよりはむしろ、小さく拘縮していて、文字通 り“収縮期に凍結してしまったようだ。”こうした現象は Stone Heart として広く知られ るようになる。 病理学的な検索では、この術後の心機能低下は、手術中の心臓への血流の途絶による虚血 が原因であると考えられた。

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スライドの説明

自在に心臓を停止、再拍動させることができ、大きな障害も残らないとすれば、どれほど

大きな貢献になるだろうか。Denis G. Melrose、1955

現在心臓手術では当たり前のように自在に心拍動をコントロールしている。つまり心操作

の際には心停止し、また心内操作を終えると元通り心拍動を再開させている。心停止は 4

時間程度まで持続可能であり、再心拍に際しても心機能は速やかに回復する。こうした技

術は、安全に心内操作を行うためには必要不可欠な要素であるが、かつては夢の技術のよ

うに思われていた時代があった。こうした技術の獲得の変遷を振り返る。

この写真は、体外循環装置開発のパイオニアである John Gibbon氏とその妻Maryのもの

である。彼らは 1930 年代より、IBM 社の協力のもと、マサチューセッツ総合病院にて体

外循環装置の開発を進めてきた。1940 年代後半にはなんとか犬の実験に成功し、いよいよ

ヒトでの心臓手術への臨床応用の期待が高まりつつあった。そして 1949 年、ついに 15 歳

の尐女で初の体外循環装置を用いた心臓手術に着手する。その尐女は心房中隔欠損症であ

り、Gibbonらの開発した体外循環装置を用いて、修復術を試みる。しかし、残念ながら尐

女は術後死亡してしまう。そして 4 年後、18 歳の心房中隔欠損症の尐女に対し、再度体外

循環装置を用いた修復術を試み、ついに手術は成功する。しかし、幸福な時は長くは続か

ず、その後 2 人の患者で同様の手術を行い、いずれも術後死亡に終わる。結局、それ以降

Gibbonが体外循環装置を用いた心臓手術を行うことはなくなる。

1955年になってメイヨークリニックの John Kirklin は Gibbonの開発した体外循環装置

を用いて、8例の先天性心疾患(ファロー四徴、完全肺静脈還流異常など)の児童に対する

心臓手術を行い、4例で成功させる。いよいよ体外循環装置を用いた心臓手術が、心臓病に

対する現実的な選択肢となる。

1960年に Texas Heart Instituteの Denton A. Cooleyは、死亡率 10%以下という驚異的な

成績で手術を成功させる。彼の用いた方法は、単純大動脈遮断であり、心臓を拍動させた

まま、心臓への血流を遮断するものであった。そのため、心内操作時間は著しく制限され、

彼のような驚異的なスピードで手術を行わなければ、安全な手術は行えなかった。

こちらは当時の彼の報告であるが、その内容をみると、

“尐数の症例においては、術中に原因不明の重度の心機能障害に陥り、手術室で死亡する

ことがある。彼らの心臓は収縮しないというよりはむしろ、小さく拘縮していて、文字通

り“収縮期に凍結してしまった”ようだ。”こうした現象は Stone Heart として広く知られ

るようになる。

病理学的な検索では、この術後の心機能低下は、手術中の心臓への血流の途絶による虚血

が原因であると考えられた。

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1960 年は心臓手術の歴史において、記念すべき年となった。この年、アメリカでは立て続

けに大動脈弁や僧帽弁への人工弁置換術を行われた。写真の Albert Starr は僧帽弁置換術

を成功させたが、その際、心臓を虚血から守るために、彼は持続的に血液を冠動脈に注入

(持続冠還流法)していた。しかし、そのため、心拍動と血液の流入で手術は非常に煩雑

なものであった。

Dennis G. Melroseは、心臓手術を安全に行うためには、心臓を停止させ、無血視野を得る

必要があると考えた。そこで、瞬時に心停止を引き起こす、特殊な薬液の開発に着手した。

1955 年、高濃度カリウム(245mEq/L)を用いた心停止液を開発した。そして 1957 年

Donald Efflerらにより初めて心臓手術に臨床応用されるが、術後は高度の心筋障害となり、

患者は死亡する。後に心機能障害の原因は高濃度カリウムによるものと考えられた。そし

て、この後 15年間は、心停止を目的とした溶液が心臓手術で用いられることはなくなる。

心臓手術の際に、特別な液体を心臓に投与することによって、心筋の障害を起こさないよ

うに、心臓を止めたり動かしたりできないだろうか?

まず、どのようにすれば心筋の傷害を予防できるのだろうか

心筋障害を軽減するには2つの方法があると考えられる。心筋障害の原因は虚血であり、

虚血による障害を回避するには、心筋の酸素消費を軽減すればよい。まず最初の方法は、

心筋を冷却することである。基礎実験の結果から 10度の心筋の冷却により、心筋の酸素消

費量は約半分となることがわかっている。またもう一つの方法は、心臓の拍動を停止させ

ることである。心停止により心筋の酸素消費は拍動時の 10%まで軽減することができる。

ではどちらの方法の方がより有効に心筋の傷害を予防できるのだろうか?

スライドに示す通り、心拍動を停止させるだけで、心筋の酸素需要は 90%軽減できる。さ

らに心臓を冷却したとしても、さらなる酸素消費量の削減は拍動時の 5%に過ぎない。この

ことから、心筋障害を回避するのに本質的に重要なこうとは心停止を得ることであるのが

わかる。

では、どのようにすれば心臓を止めることができるのだろうか?

こちらは心筋細胞の収縮の際の心筋電流を示したものであるが、このように心筋の収縮は

ナトリウムやカリウムといった、電解質の細胞膜を介した流れによって起こっている。そ

こで特別な電解質組成の液体を注入すれば、心臓を止めることができることが予想される。

具体的には 2 つの方法が考えられ、一つは高濃度カリウムを注入することで、前述の

Melrose のような極端な高濃度のカリウム(245mEq/L)を用いる必要はなく、通常血中のカ

リウム濃度は 4mEq/Lであるが、5-10 mEq/Lで不整脈が多発し、10-20mEq/L で心停止す

ることが分かっている。こうした原理を用いた心筋保護液が St. Thomas液である。またも

う一つの方法として、低濃度のナトリウムを注入する方法が考えられる。細胞外のナトリ

ウム濃度が低下すれば、心筋の内外で濃度勾配がなくイオンの流れが生じないので、心筋

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は収縮できない。この原理を用いた心筋保護液が Bretschneider液である。

そして 1973年に、 Gayらが、Melroseの用いたものの 1/10のカリウム濃度の溶液を用い

て心臓手術を行い成功させている。いよいよ心筋保護液を用いて、心拍動を自在にコント

ロールし、心臓手術を行う時代が到来した。

その後もさらに心筋保護液の開発は進む。その中心的役割を果たしたのが、Gerald D.

Buckbergである。彼は、効果的な心筋保護を得るには 6つの基本原則があり、それは、

1. 心停止

2. 低温

3. エネルギー生成に必要な基質の供給

4. 適切なpHコントロール

5. 膜の安定化

6. 心筋浮腫の予防

である。心停止、低体温についてはすでに説明したので、残る4つについて解説する。

まずエネルギー生成に必要な基質の供給であるが、こちらは糖質を用いたエネルギー生成

の回路である。インスリンの投与は心筋のグルコースの利用を促進することが知られてい

る。またより効率のよい好気性の代謝を促進するためには、アスパラギン酸やグルタミン

酸を供給することが重要であると考えられる。

また心筋内のエネルギー代謝を効率よく実施するには、心筋内の pHを適切にコントロール

することが非常に重要である。そのためには、十分な緩衝作用を得ることが重要である。

ヘモグロビンには強力な緩衝作用がある。また THAM、重炭酸、リン酸、ヒスチジンなど

を心筋保護液に添加することも有用である。

次に膜の安定化を得ることが重要であるとされている。細胞やミトコンドリアの膜様構造

物はフリーラジカルにより障害される。細胞が虚血状態に陥ると、ヒポキサンチンやキサ

ンチンオキシダーゼが増加し、その結果活性酸素であるスーパーオキシダーゼが産生され

膜を傷害することが知られている。そこで、フリーラジカルを取り除く物質(フリーラジ

カルスカベンジャー)を心筋保護液に添加することが膜の安定化につながることが知られ

ている。フリーラジカルスカベンジャーとして最も強力なのは血液であり、そのほかにマ

ンニトール、SOD(superoxide dismutase)、アロプリノールがある。カルシウム阻害薬(ヘ

ルベッサーなど)、ステロイド、プロカイン、トリプトファンを添加することでも膜用構造

物を保護できる。

心筋浮腫を予防することも心筋障害を回避するのに重要である。そのためには、心筋保護

液注入中の灌流圧に注意することが重要である。導入時は 80-100mmHgまで安全だが、再

注入時には 50mmHg以下の潅流圧にしたほうが、心筋浮腫を抑制できる。次に、膠質浸透

圧を低下させないことも重要である。血液は膠質浸透圧を保持させるたんぱく質に富んで

いる。

こちらは代表的な心筋保護液である GIK液であるが、その組成には表に示すような効果が

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期待されている。そのほかの心筋保護液についても上記の観点から、その組成の意義が離

解できる。

Buckbergはそのほかにも心筋保護領域におけるさまざまな技術革新をもたらした。

頻回投与法 (1976) 20分毎に心筋保護液を投与

血液心筋保護液 (1978) 血液に心筋保護液を付与

加温血液心筋保護液による再潅流 (1977) Hot Shot

両方向(順行性+逆行性)投与法 (1989)

現在では心筋保護液には様々な方法があり、多様化している。

まず血液心筋保護液と晶液心筋保護液の 2つがある。

上記 6 つの観点からはスライドに示すように、明らかに血液心筋保護液が有用である。こ

のことに関しては、後程最新の報告でその有用性を検討する。

次に投与方法の違いがあげられる。いわゆる順行性投与とは、大動脈基部から動脈を介し

て心筋保護液を投与し、一方で、逆行性投与とは、冠静脈洞から静脈を介して心筋保護液

を投与する。順行性投与はいわゆる冠動脈を経由するため、その理解は容易であるが、肝

静脈の走行についてはここでもう一度確認しておく。図で示すように大心臓静脈と中心臓

静脈の 2 本の静脈が合流し、冠静脈洞となり右房へと注ぐ。両方の投与方法の長所、短所

を列記するが、両方の投与方法を併用することにより、お互いの欠点が補完できる。また

逆行性投与の欠点として、カニューレの位置が深いと右室潅流がわるく、心筋保護効果が

悪くなることを確認しておきたい。

またHot Shotと呼ばれる方法が用いられている。

Hot Shotとは、Terminal Warm Blood Cardioplegia 終末期加温血液心筋保護液とも呼ばれ、

心内操作の最後(大動脈遮断解除の直前)に温かい血液心筋保護液を注入することである。

その原理について簡単な説明を行う。通常の開心術では、心内操作終了後すぐに大動脈遮

断を解除し、心筋血流を再開させる。この方法では、細胞内貯蔵エネルギーの枯渇してい

る状態で、すぐに心臓は拍動を再開することになり、疲れ切った心筋に鞭打つ形となる。

そこで、細胞内貯蔵エネルギーの枯渇している心内操作終了時に、すぐには心臓を拍動さ

せず、まず心臓を止めたまま加温血液でエネルギー充填を行うのがHot Shotの原理である。

心筋内のエネルギーレベルに注目し、通常の大動脈遮断と Hot Shotを比較する。

帝京大学 心臓血管外科

講師 真鍋 晋

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参考資料

“Strategies and logic of cardioplegic delivery to prevent, avoid, and reverse ischemic and

reperfusion damage”

by Gerald D. Buckberg J Thorac Cardiovasc Surg 1987;93:127-139

効果的な心筋保護効果をもたらすための 6つの満たすべき要件

1. 迅速に心停止をもたらす。

エネルギー需要を急速に低下させ、虚血下の運動によるエネルギーの枯渇を避ける。この

ことは酸素非添加の心筋保護液では特に重要である。一方で酸素添加の心筋保護液ではエ

ネルギー貯蔵をむしろ増進することが可能であるため、心停止が遅れてもそれほど問題に

はならない。実際の Crystaloid cardioplegia を用いた場合における短時間の心筋の活動が

ATP のかなりの低下を引き起こすことが示されている。カリウム、マグネシウム、プロカ

イン、低カルシウム溶液のいずれかを用いれば心停止を起こすことができる。

2. 低温を保つ。

温度を下げることにより代謝速度を減尐させることができる。血液心筋保護液であっても、

4-8℃でも安全であることが示されている。

3. 好気的または嫌気的なエネルギー生成のためのエネルギー器質(糖分、酸素)を供

給する。

心筋保護液に酸素を添加させれば、心筋保護液導入時にもエネルギー利用が可能であり、

はるかにたくさんのエネルギー補充が可能となる。

4. 緩衝液により適切な pHを保つ。

THAM、重炭酸、リン酸などが使用しうる。

5. 膜の安定化をはかる。

低カルシウム溶液を避ける。カルシウムのない溶液はサルコレンマの膜を傷害しうる。カ

ルシウム阻害薬、ステロイド、プロカイン(この論文が書かれた時点ではその効果はまだ

明らかにされていない。)Oxygen radial scavengerである SOD(superoxide dismutase)、

allopurinol、coenzyme Q10。

6. 心筋の浮腫を避ける。

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浸透圧、膠質浸透圧に注意する。

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血液心筋保護液か、晶液心筋保護液か

血液心筋保護液を特に冷却して用いる場合、以下のような欠点が懸念されていた。

1. ヘモグロビンの持つ酸素解離曲線がシフトするために、細胞レベルでは酸素の供給

に障害が生じる。

2. 15℃以下であれば血液のいわゆる sludgingが生じる。

3. 冠動脈の狭窄がある場合には、血液より晶液のほうが分布が良い。

4. 複雑なシステムが血液心筋保護液では必要となる。

しかしながら、以下のような研究結果によりこうした懸念は払拭された。

1. 大動脈遮断中は 4℃の血液であっても、酸素の取り込みは、基礎的な酸素需要の 10

倍を超える。

2. 4度の血液心筋保護液では大動脈遮断 4時間までは、術前の心機能を完全に温存でき

る。

3. 250ml/min の速度で心筋保護液注入を行った場合、晶液心筋保護液は血液心筋保護

液に比べると灌流圧が低く、狭窄病変部ではむしろ血液心筋保護液のほうが良好に

灌流された。粘性度の低い晶液心筋保護ではむしろ、心筋保護液は狭窄のない部分

へと運ばれ、狭窄部には到達しないことが示唆された。

4. リザーバーの必要のない簡便なシステムが考案されている。

血液心筋保護液の利点

1. エネルギー供給能

晶液心筋保護液では嫌気性代謝のため 1モルのグルコースからたった 2モルの ATPしか産

生されないが、血液心筋保護液では好気性代謝のため 36モルの ATP産生が可能である。

2. 再灌流障害を回避できる。

3. 血液希釈を軽減できる。

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心筋保護の導入

Cold induction 冷却心筋保護液による導入

エネルギー予備能が十分と考えられる心臓であれば、以下のような目的で心筋保護液が導

入される。

1. 心拍動を停止させ、酸素需要を減らす。

2. さらなる酸素需要軽減のために、心臓を冷却する。

3. 持続的な嫌気性代謝が可能な環境を作り出し、虚血傷害を回避する。

温度は 4-8℃とし、カリウム濃度は 20-25mEq/Lとする。

通常は導入開始から 30秒以内に心停止が得られる。

心停止は細胞膜を脱分極させることにより起こる。

心停止を得るためのカリウム濃度は通常 15-30mEq程度で十分であり、30mEq以上の濃度

は必要ない。また心停止状態を維持するためにはカリウム濃度は 8-10mEq/L まで減らすこ

とができる。

血液心筋保護液よりも晶液心筋保護液のほうが速やかに心停止が得られるが、これは脱分

極に加えて、酸素欠乏が起こるためである。

4-8℃の血液心筋保護液で、250-350ml/min の注入速度で 3 分間の投与(総量 750-1000m

l)を行っている。

晶液性心筋保護液では、より速い注入速度(400-500ml/min)で、より速やかに心停止が得

られる。

1-2分経っても心停止が得られない場合は次のどれかを考慮する。

1. 不完全な大動脈遮断

2. 大動脈弁閉鎖不全(脱血カニューラによる無冠尖の変形)

3. 脱血不良のため左心系を流れてきた血液が心筋保護液を希釈している。

左室を触診し左室の張りを確かめることにより、脱血不良や ARを確かめることができる。

心筋温度の冷却による心筋酸素需要の軽減

心筋温 20℃で心停止 0.3 ml/100mg/min

心筋温 10℃で心停止 0.15 ml/100mg/min

拍動または細動 2 – 3 ml/100mg/min

心臓を止めることによって 90%の酸素需要の節約が可能であるが、さらに 20℃を 10℃ま

で冷却しても 5%程度の酸素需要の節約にしかならない。

心筋保護液注入による心筋浮腫

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心筋保護液注入の潅流圧が 80mmHgを超えるほどになると心筋は浮腫をおこしうる。その

理由としては、機械的な細胞内への水分の移動を抑制するような心筋の収縮力や筋トーヌ

スが失われることと、Na/Kポンプなどによる細胞容量の制御が低温のために失われるため

である。心筋浮腫の程度は潅流圧と膠質浸透圧、さらには毛細血管床の健全性に依存する。

実際の臨床の場においては導入時であれば 80-100mmHg の潅流圧であればおそらくは安

全に許容されると考えられる。というのも心筋保護液注入中は電気的な心筋の活動は完全

には止まっていないし、即座に低温にさらされているわけでもなく、また毛細血管床も壊

れてはいない。しかし、再注入時には 50mmHg以下の潅流圧にしたほうが、心筋浮腫を抑

制できる。

Warm induction 加温心筋保護液による導入

エネルギー予備能の枯渇した心臓(ショックに陥っている、再潅流されていない心筋梗塞、

心肺開始前の血行動態変化、重度の心肥大または心不全)の場合は、大動脈遮断時の心筋

虚血に対する耐用度が低い。酸素加した心筋保護液はこうしたエネルギーの枯渇した心臓

においては特に有用性が高い。ある意味においてはエネルギーの枯渇した心臓に対する血

液心筋保護液注入は第一段階の再潅流ともいえる。

われわれのデータを見ても、5分程度の短い間の加温酸素加心筋保護液の注入が、エネルギ

ーの枯渇した心臓を“蘇らせ”、たとえば 2時間程度の大動脈遮断を十分可能にした。常温

にすることで細胞修復の速度を速め、また酸素加した心筋保護液にクレブス回路の素材と

なるアスパラ銀酸やグルタミン酸などのアミノ酸を豊富に含ませることで、心筋細胞の酸

素利用能を改善する。われわれは余分な酸素が、傷害を受けた細胞が修復をすることやエ

ネルギー貯蔵(creatine phosphate)として利用され、大動脈遮断下での嫌気性代謝の継続

を可能にすると考えている。基質を豊富に含んだ心筋保護液の使用は、加温導入時(warm

induction)や加温再灌流(warm reperfusion)時に限られる。というのはこうしたアミノ酸

が酸化代謝を引き起こすのは、常温時において初めて適正となるからである。

冷却心筋保護液の場合と異なり、加温心筋保護液においては、心筋保護液の量よりも心筋

保護液を注入している時間のほうがより一層重要である。というのは、心臓は酸素を注入

している時間だけ取り込むのであって、注入した量だけ取り込むわけではないからである。

健常心筋の基礎酸素需要は 1ml/100gm/min であり、5 分間では 5ml/100mg であるが、エ

ネルギーの枯渇した心臓では 5 分間の注入で 25-30ml もの酸素の消費を行う。1 分間です

べての量の心筋保護液を注入してしまうとたった 20%の酸素しか利用されないが、同じ量

を 5分間かけて注入するとその 5倍の酸素の取り込みがみられる。

加温心筋保護液によって導入を行った場合は、されに引き続き冷却心筋保護液を注入し、

低温灌流によってその後の大動脈遮断中の虚血傷害を回避しなければならない。冷却心筋

保護液注入は低いカルシウム濃度(8-10mEq/L)の心筋保護液で、250-350ml/min の注入

速度で行っている。心筋保護の導入に余分に時間がかかっている(warmが 5分間、その後

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coldが 3-5分間)からといって、虚血時間が追加されるわけではない。

心筋保護の維持

すべての心臓は冠状動脈以外からの側副血行を心外膜を介して得ている。こうした血流の

流量にはかなり個人差があるが、心筋保護液を流し去るには十分な血流量である。またこ

うした血流によって心筋温は暖められる。約 20分間隔で心筋保護液を注入することによっ

て、こうした側副血流を洗い流す必要がある。一見機械的な心臓の動きがなかったとして

も、心筋保護液の注入は必要である。こうした周期的な心筋保護液の注入は次のような利

点を有する。

1. 心停止を維持する。

2. 低体温を維持する。

3. アシドーシスを緩衝する。

4. 酸性代謝物を洗い流し、嫌気性代謝が継続することを回避する。

5. エネルギー減を供給する。(酸素加心筋保護液の場合)

6. 虚血中の基質の枯渇を補う。

7. 高浸透圧による心筋浮腫を回避する。

維持のための心筋保護液にはカリウム濃度の低いもの(8-10mEq/L)が使用され、酸素加心筋

保護液であれば 200-250ml/min の注入速度で、2 分間かけてゆっくりと行われる。こうす

ることで心筋の浮腫は回避でき、心臓に運搬された酸素を利用する十分な時間を与える。

心筋における酸素の取り込みは、2分間の心筋保護液注入で、基礎需要の 10倍にも達する。

酸素を含まない心筋保護液の場合であれば、注入間隔は同様でよいが、注入量はかならず

一定にし、可及的に速やかにおこなわなければならない。ただし灌流圧は 50mmHgを超え

ないようにしなければならない。

Reperfusion 再灌流

再潅流傷害の特徴

1. 細胞内のカルシウムの蓄積

2. 著明な細胞浮腫とそれに伴う再潅流時の血流減尐と心室コンプライアンスの低下

3. 血流や酸素の利用障害

大動脈遮断を解除し、普通の血液が心臓を潅流する代わりに、短期間(3-5分間)の間、加

温血液心筋保護液(warm blood cardioplegia)を注入することで、虚血後の再潅流傷害は回避

できるか、最小限にすることができる。

その原理は

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1. 血液で酸素加することにより、好気性代謝を開始し、エネルギー産生を行い、傷害をう

けた細胞を修復する。

2. 一定の時間をかけて(一定量ではなく)、再潅流することにより、酸素利用を最大にす

る。

3. 心筋保護液で心停止を持続することにより、エネルギー需要を節約し、酸素が再生過程

に利用されるように導く。

4. 基質(グルタミン酸などアミノ酸)を補填することにより、好気的なエネルギー産生が

適度に行われるようにする。

5. 再潅流液の pHをアルカリ性にすることで、組織の酸性と中和させ、修復過程の酵素活

性や代謝機能を至適化する。

6. イオン化カルシウムが細胞内に流入するのを防ぐ(クエン酸リン酸デキストロースによ

るキレートなど)

7. 再潅流に伴う組織浮腫を軽減するために、高浸透圧を保ち、潅流圧を低く(50mmHg

程度)する。

8. 再潅流は 37℃まで暖め、代謝の回復速度を至適化する。

具体的な方法

大動脈遮断解除の 5分前から再潅流用に調整された心筋保護液を注入する。

カリウム濃度は 8-10mEq/L とし、通常の維持用の心筋保護液と同じ濃度である。

再潅流用に調整された心筋保護液はアスパラ銀酸とグルタミン酸を多く含み、カルシウム

濃度が 150-250μmol/Lと低く、クエン酸りん酸デキストロース(COD)を添加している。

投与は 150ml/minの速度で 3-5分間である。

潅流圧は 50mmHgを超えないようにしている。

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“Update on current techniques of myocardial protection”

By Gerald D. Buckberg Ann Thorac Surg 1995;60:805-14

Buckbergらのグループにより開発された心筋保護法の変遷

1976 multidose crystalloid cardioplegia 晶液心筋保護液の頻回導入法

1978 cold blood cardioplegia 冷却血液心筋保護液

1977 warm blood cardioplegia reperfusion 加温血液心筋保護液による再潅流

1983 warm induction 加温心筋保護液による導入

1989 alternating between antegrade and retrograde delivery

1994 simultaneous antegrade / retrograde perfusion

continuous cold non-cardioplegic blood perfusion

Cold blood cardioplegia

もともと冷却血液心筋保護液(cold blood cardioplegia)が導入されたときには、この心筋保

護法により心筋への虚血障害が回避できることが強調された。実際のところ実験データは、

正常な心臓であれば、cold blood cardioplegiaを 20-30分間隔で頻回投与することにより、

4時間の大動脈遮断後も完全な心機能の回復が得られることを示していた。残念ながら実際

の心臓外科手術において正常心臓を対象とすることは稀であり、エネルギーや基質の枯渇

した心臓では虚血障害を回避する能力はいまだ十分ではなく、たとえ冷却血液心筋保護液

を用いたとしても、心機能の障害が術後も遷延することもある。

冷却血液心筋保護の基本的な利点は、心筋へ栄養を供給することと、心筋の酸素需要を下

げ、無血視野を得るために血液供給を止めたときの心筋の虚血障害を軽減することを同時

に成し遂げるところにある。

Warm blood cardioplegia

加温血液心筋保護液は当初 1977年に導入され、その目的は再潅流障害を制限することであ

った。この方法は次のような治験に基づいている。初回再潅流時に(修飾を施していない)

通常の血液を用いると心筋への障害が増すこと。そして、大動脈遮断解除の前に 3-5分間加

温血液心筋保護液を投与すると、こうした障害の大部分は回避されること。後者によって、

カルシウム流入を制限してアシドーシスを緩衝し、心臓の拍動を停止させたまま血液需要

を抑えることが可能となり、正常な温度にすることで好気性 ATP産生を修復過程へと導き、

細胞内代謝の修復速度を最大限に加速することができる。Teoh らの報告によりこうした実

験で得られた所見が臨床の場でも得られることが確かめられ、さらに Kirklinらのレポート

は加温された再潅流の修飾(warm controlled reperfusion)が再潅流障害を抑制し、長時

間遮断による有害事象を打ち消す強力な手段であることが実証された。

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導入時の加温血液心筋保護の概念は 1983年に導入された。この方法は次のような考え方に

基づいている。つまり、虚血により障害を受けた、エネルギーや器質の枯渇した心臓に心

筋保護液を投与すること自体が、“再潅流の始まり”である。この方法は修復動態を最大限

にし、なおかつ心停止にすることによって酸素需要を最小限にしようとする試みである。

実験結果やそれに引き続く臨床結果によって、”warm induction”は activeに心臓を生き返

らせることが可能であることが示され、その後に引き続く冷却虚血に対する抵抗性を改善

することが証明された。傷害心筋を対象としたその後の研究では、グルタミン酸やアスパ

ラギン酸などのアミノ酸を加えた心筋保護液を、導入時の心筋保護液に添加することによ

って、虚血時には枯渇していたクレブス回路の器質が補充され、好気的代謝が活性化され、

修復過程が加速することが示された。

Multidose Cardioplegia

血液心筋保護頻回投与の原理は、すべての心臓には冠状動脈以外からの側副血流があるこ

とにある。こうした冠状動脈以外からの側副血流は、心臓を暖め、心筋保護液を体外循環

からの暖かい全身血流ですべて置き換えられる。心筋の加温は局所冷却(topical cooling)

によって回避できるが、局所冷却は呼吸器合併症を引き起こし、multidose cardioplegiaの

心筋保護方法を上回る結果を得ることができないことから、われわれは局所冷却は行って

いない。Multidose cardioplegiaには、緩衝作用や低カルシウムによる再潅流傷害の回避な

どといった更なる利点がある。

Noncardioplegic Blood Perfusion

現在ほとんどの外科医によって施行されている心筋保護法は、高濃度のカリウム(20mEq/L)

を含む血液心筋保護液を初回に注入して心停止を得て、手術の残りの時間では低濃度

(8-10mEq/L)カリウム心筋保護液を複数回注入する方法である。低温にしておけば心臓の電

気的活動は弱まるために、心停止を維持するためには高濃度のカリウムは必要ないからで

ある。Bomfim らのグループは、大動脈弁置換術で冷却した通常の血液を antegrade に注

入する方法を行ったと報告している。また最近の研究では、4-10℃の冷却血液を retrograde

に注入しても、心停止の維持は可能であり、左、右両心室の心機能は完全に回復したと報

告されている。興味深いことに、warm blood cardioplegia(加温血液心筋保護液)では、

retrograde で通常の 2 倍の潅流量にしても右室機能の回復が不完全であった。おそらくは

過度の血液希釈や心筋保護液の過量投与を避け、持続的に潅流し栄養を付加することがで

きる点が、冷却血液潅流の利点であろうと考えられる。この際には冷却した血液で潅流し

なければならず、加温した血液で潅流すると心停止は維持できず、retrograde な注入では

十分に潅流されない右室が虚血に陥る。

Integrated Myocardial Protection

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前述したすべての方法を取り入れたうえで包括的な心筋保護法にまとめ、これ

を”integrated myocardial management”と称した。この方法は、前述した心筋保護法のそ

れぞれの利点を最大限生かした、柔軟で簡単な方法である。

この際取り入れた方法には、

Warm/cold blood cardioplegia

Antegrade/retrograde delivery

Intermittent/continuous perfusion

Blood/blood cardioplegia

がある。

この方法は以下のような原理い基づいている。

1. 乾いた無血視野(dry bloodless field)を提供し正確な手術手技を可能とする、そのた

めに冷却した間欠的心停止(cold intermittent arrest)によって虚血傷害を回避する。

2. 視覚化が重要でないときには、虚血にしない。(CABGの中枢吻合や人工弁に糸を

かけるときなど。)そのためこの間には血液または血液心筋保護液を retrogradeに

持続注入する。

3. 冷却血液潅流時には、かならずしも心筋保護液でなくとも冷却した血液でも心停止

を維持することができる。そうすることで、血液希釈や高カリウム血症を回避でき

る。

4. antegrade, retrograde同時注入は安全である。

5. 大動脈遮断下では、心操作によって大動脈弁の逆流を起こさない限りは、血液また

は心筋保護液潅流時に手術を中断させる必要はない。

6. 体外循環開始から可及的早期(1分以内)に大動脈を遮断し、大動脈遮断解除から

5分以内に体外循環は終了させる。

冠状動脈バイパス術の際の本方法の施行例を示す。

1. 心筋保護液の導入は warmまたは coldで行う。順行性 antegradeと逆行性 retrograde

の両方向から同等の配分で投与する。

2. この時間だけが心筋保護液注入のために手術が中断される。

3. 全身温度は 34℃まで冷却し、体外循環事故が万が一おこってもぎりぎりの安全性を確

保する。

4. 冷却心筋保護液で導入を行った後(cold induction)は、心筋保護液注入を一時中断し、

無血視野を確保し、末梢側の吻合を行う。この際心筋を低温にしておくことにより、

虚血傷害の進行を抑える。

5. 末梢側吻合が終わったら短時間(1分間)の冷却血液心筋保護液の注入を行う。

6. 中枢側吻合の際はretrogradeに冷却した血液(non cardioplegic blood)を持続注入する。

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7. 中枢側吻合が終わったら、順行性 antegrade に短時間の心筋保護液注入を行い、縫合

線の止血の確認を行う。順行性に注入することで右室への心筋保護液の分配を確実に

する。

8. 最後の吻合が終わったら、再潅流用の加温した血液心筋保護液 (warm blood

cardioplegic reperfusate)を最初順行性にその後逆行性に注入する。

9. すぐに逆行性の加温した血液(warm noncardioplegic blood)を注入する。

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Intraoperative myocardial protection: Current trends and future perspectives.

By Gideon Cohen Ann Thorac Surg 1999;68:1995-2001

Blood cardioplegia 血液心筋保護液

Fremesらのグループが、血液心筋保護液と晶液心筋保護液を比較した無作為比較試験を行

っている。(J Thorac Cardiovasc Surg 1984;88:726-41)その結果、血液心筋保護液は大動

脈遮断中の心筋の好気的代謝をさかんにし、嫌気的な乳酸産生抑制した。さらなる研究に

おいて、血液心筋保護液は酸素運搬能を改善し、心筋の酸素消費を高め、心筋内の高エネ

ルギーリン酸の貯蔵を保持することが明らかになった。トロント総合病院ではその後、心

筋保護液中の血液濃度を高めていく傾向にあり、1991年に 2:1から 4:1に血液―晶液比

を変更したが、その後 8:1まで変更した。さらに最近では血液のみを利用し、電解質の補

充を行うだけでも行っている。

Substrate enhancement of cardioplegia 基質充填心筋保護液

さまざまな改良にもかかわらず、現在においても間欠的冷却心筋保護液では、術後心機能

回復に時間を要するのが現状である。1980 年代の研究において、こうした心機能回復の遅

延はクレブス回路の基質が枯渇するためであることが示唆された。Rosenkranzのグループ

はグルタミン酸を補充した心筋保護液を用いて、術後早期の代謝の改善が見られることを

示した。またわれわれも、同様の試験でグルタミン酸とアスパラギン酸を補充した心筋っ

保護液で CABGの手術成績向上を報告している。

Antegrade normothermic cardioplegia 順行性常温心筋保護

その後の研究で術後の心機能回復の遅延は冷却による心筋内の酵素活性の抑制による二次

的なものであって、酵素活性の抑制は心停止後数時間遷延することが示された。

1982 年 Rosenkranz らのグループは心筋保護導入を加温した心筋保護液で行う(warm

induction)ことによって、CABG術後の心機能の回復が改善することを実証した。また Teoh

らのグループは、大動脈遮断解除前に暖かい(37℃)心筋保護液を注入する(hot shot)ことで、

心停止を保持したまま心筋代謝の早期回復が可能であることを示した。

おそらく、常温にすることでミトコンドリア内の温度依存的な酵素活性を早期に回復し、

好気的代謝に戻し、ATP 産生を早めることができる。なおかつ、心停止を維持することで

心筋収縮のための不必要なエネルギー消費をすることなく、虚血のために傷害を受けた細

胞の修復や枯渇したエネルギー予備能の補填に ATPの利用を集中することができる。

これらの結果 1986 年から 1989年にかけてはトロント総合病院における標準的心筋保護法

は“hot shot”注入を追加した intermittent cold blood cardioplegia間欠的冷却血液心筋保

護であった。そして特に術前に重症な虚血がある症例では、基質充填した(substrate

enhanced)、加温心筋保護導入(warm induction)が使用された。

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Warm heart surgery

Lichtenstein らのグループは、冷却心筋保護液のよく知られた欠点として、ミトコンドリ

アにおけるエネルギー産生能、エネルギー基質利用、膜安定性の低下を引き合いに出し、

37℃に保つことで心臓は大動脈遮断中一貫して、良好な心筋代謝を保持できることを示唆

している。1994 年に報告された常温心筋保護と冷却心筋保護の無作為比較試験では、死亡

率と心筋梗塞発症率では差は見られなかったが、常温心筋保護群のほうが術後の低心拍出

量症候群の頻度が尐なかったことが示された。

順行性常温心筋保護液の至適投与量

常温心筋保護液の至適な組成と投与方法を調査する目的で、冠状動脈バイパス術を受けた

患者において心筋保護液注入流量、ヘモグロビン濃度と心筋代謝、心機能の関係を調査し

た。4:1の希釈率(血液 4に対して晶液心筋保護液 1の割合、ヘモグロビン濃度 8mg/dL)

で、流量 80mL/min 以上であれば、心停止中も好気代謝を持続することができた。一方、

希釈率 2:1(ヘモグロビン濃度 5mg/dL)で流量 80mL/min以下であれば、酸素負債(oxygen

debt)が蓄積し、心臓は虚血に陥り、心機能も低下した。よって、常温であれば尐なくとも

ヘモグロビン濃度 8mg/dL で、流量 80mL/min以上が必要と考えられた。

逆行性常温心筋保護液の至適投与量

逆行性常温心筋保護液の注入流量と術後の心筋乳酸産生の関係を調査した。逆行性潅流の

許容潅流圧を 40mmHg 以下とした場合、流量 300mL/min の注入量でほぼ 40mmHg とな

った。30人の患者さんについて、流量 100mL/min、200 mL/min、300 mL/minと乳酸産

生および冠状静脈 pHの関係を調査した結果、200mL/min以下の流量であれば乳酸産生を

最小にすることができることが明らかとなった。また 300mL/min以上の高流量では、心筋

の酸素消費は増えることなく、シャント血が増加するだけであることも明らかになった。

持続投与か?間欠投与か?

われわれの経験では 8-10分程度の常温心筋保護液注入の中断は、明らかな虚血傷害を引き

起こすことはなかった。ただし、虚血傷害を最小限とするために、心筋保護液注入を中断

したあとは、”catch-up”(遅れを取り戻すための追い上げ)注入を行っている。“catch-up”

時の注入量は、血流を停止した分を代償できるように正確に計算して投与している。

順行性か?逆行性か?

74 人の冠状動脈バイパス術患者において、 warm antegrade(ante 群 ), warm

retrograde(retro群), intermittent cold antegrade with hot shot(cold 群)の 3群間での無

作為比較試験を行った。

3人は術後 LOSとなったが、いずれも cold群であった。術後の CKMBの上昇は、cold群

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と retro群が高かった。cold群と retro群で代謝異常が見られたことは、これらの群は低温

や虚血のためにエネルギー産生が低下していたことが示唆される。

至適心筋保護温度

冷却心筋保護、加温心筋保護いずれも心筋にたいして有害な効果を持つため、われわれは

29℃の微温(tepid)心筋保護液を考案した。72 人の冠状動脈バイパス術患者に warm 加温

(37℃)、tepid 微温(29℃)、cold冷却(9℃)の 3つの温度を比較検討した。

心筋酸素消費と嫌気性乳酸産生は warm>tepid>coldの順であり、左室機能(left ventricular

stroke work indices)は warm、tepid>coldの順であった。右室機能は warmがもっとも良

好であった。

これらの結果から warm, tepidいずれも十分適切であると考えられた。しかし、tepidのほ

うが心筋保護液注入を中断している間の心筋保護効果も期待できると考えられた。冷却し

ていない分、心機能回復も迅速であった。

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Cardiac surgery in Adults

Cold crystalloid cardioplegia

晶液心筋保護液には 2種類がある。細胞内型と細胞外型。

細胞内型 Naと Caが無いか極めて低い。

細胞外型 Na, Ca, Mgの濃度が比較的高い。

いずれのタイプでも、K濃度が 40mmol/L以下に調整され、緩衝液として重炭酸が含まれ、

浸透圧が調整されている。 K濃度は 10-10mEq/L である。

ミオテクター 120 16.0 32.0 2.4 10.0

血液を用いる利点

1. 酸素加できる

2. 停止した心臓に間欠的な再酸素加ができる

3. 多量の心筋保護液を用いても血液希釈が尐ない。

4. 優れた緩衝能力を持つ

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5. すぐれた等浸透圧作用を持つ

6. 電解質組成や pHが生理的である。

7. 多量の内因性の抗酸化剤やフリーラジカルスカベンジャーを有する

8. 準備にそれほど手間がかからない

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Blood Cardioplegia: A Review and Comparison With Crystalloid Cardioplegia.

Hendrick B. Barner Ann Thorac Surg 1991;52:1354

Physiologic Basis

1. 酸素運搬能

常温においてはヘモグロビンは有効な酸素運搬システムであるが、低温下では酸素-ヘモ

グロビン解離曲線が左方に偏移し、末梢組織での酸素供与効率が低下、酸素を遊離させる

ためには末梢組織における酸素分圧がより低値とならなければならない。具体的には、末

梢組織の温度が 20℃であれば酸素含量の 50%の酸素しか遊離させず、これが 10℃まで低下

すると組織における酸素の遊離は 37-38%まで低下する。一方で酸素加した晶液心筋保護液

ではいかなる温度でもほぼすべての酸素を遊離させる。これらの事実を考慮すると血液心

筋保護液は低温下ではかならずしも有効な酸素運搬能はなく、十分に酸素加を行った晶液

心筋保護液と同等でしかない。しかしながら、基礎実験では低温下でもヘモグロビン結合

酸素が心筋に取り込まれていることは疑う余地もない。これは軽い心筋のアシドーシスが

生じたために、酸素ヘモグロビン解離曲線が右に偏移するためと考えられる。

22℃で心停止をした心筋の酸素消費は 0.3ml/100g/min であり、10-12℃まで冷却すると

0.135ml/100g/minまで低下する。動物実験でも 27℃で行われた実験系では、ヘモグロビン

を介した酸素運搬能は心筋保護上重要であるが、10-12℃まで冷却すると、ヘモグロビンに

よる酸素運搬能は心筋保護上にあまり重要な影響は及ぼさず、4℃であれば血液心筋保護

液のほうが晶液心筋保護液より酸素運搬能が上回っているにもかかわらず、左室機能の保

持は务っている可能性がある。

基礎実験の結果にはばらつきがあるが、すくなくとも心筋温度が 5-20℃くらいまで冷却さ

れるとヘモグロビンによる酸素運搬はそれほど重要ではなくなり、心筋の酸素需要は非常

に小さく溶解した酸素で十分満たされるということが言える。

2. 緩衝能

血液の緩衝能力は血漿蛋白とヘモグロビンの中のヒスチジンにより行われる。特にヘモグ

ロビンは血漿タンパクの 6倍の緩衝能があり、これは血液中のヘモグロビン濃度が高い(血

漿タンパクの約 4 倍)ことと、38 ものヒスチジンを有している(アルブミンとヘモグロビ

ンは同等の分子量であるが、ヒスチジンは約 2 倍)ことによる。ヒスチジンのイミダゾー

ルは温度依存性の緩衝能をもち、特に低温下ではアルカローシスへと導く。心筋温を 37℃

から 20℃まで冷却すると、pH にして 0.1 から 0.15 アルカローシスへとアルカローシス側

に偏移し、15℃まで冷却すると pH0.27偏移する。

洗浄した赤血球を添加した晶液心筋保護液(血漿淡白は含まれていない)を用いて、赤血

球のもつ緩衝能を評価した。赤血球を添加した心筋保護液では、心筋温 27℃における 30

分間の虚血の間冠静脈の静脈血pHは低下することはなく、105分の心筋虚血後ではpH7.20

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であった。一方、赤血球の添加していない晶液心筋保護液では 105 分の心筋虚血後の pH

が 6.4であった。20℃の血液心筋保護液(血漿蛋白を含んでいる)では 30分の心筋虚血で、

pH が 7.23 まで低下し、その後 180 分の心筋虚血でも pH7.19 で安定していた。一方、晶

液心筋保護液では 30分後 pH7.03で、180分後は pH6.54と著明に低下した。

ヒスチジンを添加した晶液心筋保護液でも 15℃以下では緩衝能は血液と同等であり、60分

の心筋虚血で pH7.32まで低下し、120分では pH7.22まで低下した。一方、ヒスチジンの

添加していない晶液心筋保護液では 60分 pH7.16、120分 pH6.76であった。

3. 微小循環

カエルを用いた実験では、晶液心筋保護液では微小循環は見られなかった。ここに赤血球

を添加することにより、血管床への完全な灌流が確認された。犬の実験でも赤血球を添加

することで冠血流の血管抵抗の上昇を回避することができると報告されており、これは赤

血球が直接的に微小循環の灌流を改善した結果であると考えられている。これらの結果は

毛細管灌流に赤血球がきわめて重要であることを示しており、これは低いヘマトクリット

値(0.1)よりも高いヘマトクリット値(0.3)のほうがこの傾向が強いと考えられる。

4. フリーラジカル

虚血、再潅流時にフリーラジカルによって心筋細胞が傷害を受けることは様々な報告から

明らかにされている。アロプリノールはキサンチンオキシダーゼを阻害し、マンニトール

は水酸基をもつラジカルと反応することにより、フリーラジカルによる組織傷害を軽減す

ることが示されている。血漿中にはこのほかにもフリーラジカルによる組織傷害の軽減効

果を持つ物質が含まれており、urate(尿酸、血漿全体の 35-65%の効力を有する)、血漿蛋

白(10-15%)、アスコルビン酸(0-24%)、ビタミン E(5-10%)などがある。ビタミン C

はαトコフェロールからビタミン E を再生産することができる唯一の血漿中の抗酸化物質

でもある。これらのほかに赤血球内にはカタラーゼ、スーパーオキシド ディスムターゼ、

グルタチオンなどといったフリーラジカルを取り除く物質(free radical scavenger)が含

まれている。

5. 膠質浸透圧

血漿蛋白は血漿に膠質浸透圧を与え、血管内の静水圧に拮抗することにより、毛細管壁を

介した水分移動をコントロールしている。かつては血液心筋保護液は十分な血漿蛋白の供

与を受けることにより、心筋の浮腫を軽減するものと考えられていた。しかし仮にバイパ

ス回路のプライミングボリュームを 2000mlとすると(時に約 25gのアルブミン=5%ア

ルブミン 500mlが添加されることがあるが )、体外循環により血液容量 5000ml がおよ

そ 30%希釈されることになる。さらに血液心筋保護液は 4:1に希釈されるので、このこと

によるさらに 20%希釈される。結局は血液心筋保護液は、血液から約 50%の希釈を受ける

ことになる。アルブミン濃度は 2.2g/dl程度まで希釈されてしまっている。

一方、大動脈遮断中に静水圧が生じる時間は極めて短く、1時間の遮断時間でせいぜい 12-14

分、2時間の遮断では 18-20分程度でしかない。それゆえ、心筋浮腫の生じうる時間は極め

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て短く、血液心筋保護でも晶液心筋保護でもそれほど生じてはいない。

6. 血液希釈

3000-5000mlの心筋保護液注入は時に臨床的懸念事項となりうる。4:1希釈した血液心筋

保護液では 1/5の晶液負荷となり、かなり軽減できる。持続投与ではより多くの容量の心筋

保護液が注入される。

動物実験の結果

ヘモグロビンの酸素運搬能を取り除くために、赤血球に亜硝酸ナトリウムを作用しメトヘ

モグロビン(緩衝作用は有するが酸素運搬能がない)として実験を行うと、冠静脈の静脈

血二酸化炭素分圧の上昇は抑えられ、晶液心筋保護液の際みられるようなpH の低下もみ

られなかった。しかし、虚血時のクレアチニンリン酸の低下、心筋収縮能の回復、乳酸産

生のいずれにおいても通常の血液心筋保護液より不良であった。この結果より、血液心筋

保護液の利点は、緩衝能だけではなく、酸素運搬能にも依存していると報告されている。

ただしこの実験は心筋温 27度で行われている。

Magovern らのグループの報告では、20℃、10℃、4℃の心筋温で比較したところ、20 度

では血液心筋保護液のほうが良好であったが、10℃では晶液と血液で差はみられず、4℃で

は晶液のほうがむしろ良かった。Rousou らの報告でも 10℃の心筋温では血液心筋保護と

晶液心筋保護との間に差はみられなかった。

Heitmiller らは心筋保護液における赤血球の影響を分離するために、晶液心筋保護液に赤

血球を添加し、ヘマトクリット 0、0.1、0.3 の 3 群を形成し、比較、検討した。心筋温は

10℃であり、20分間隔で 5時間にわたって投与を行った。虚血時の酸素消費は赤血球が添

加されていたほうが大きかった。心機能の回復、心筋 ATP含量、心筋浮腫の程度はすべて

の群で差はなかった。後乳頭筋への潅流はヘマトクリット高値(0.3)の群がもっとも良かっ

た。これらの結果を踏まえて、虚血時の酸素消費の増大と良好な後乳頭筋潅流以外には、

赤血球を添加する利点は特にみあたらないと報告している。

帝京大学 心臓血管外科

講師 真鍋 晋