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鉄道車両工業 489 号 2019.1 71 1.RQMS(ISO/TS22163) 概要 RQMS(ISO/TS22163)(Railway Quality Management System)とは、「ISO9001 :2015」に対して鉄道市場に適合させるた めの要求を追加した、鉄道業界用の品質マネ ジメントシステム規格です。 2015 年 10 月に、欧州 UNIFE が IRIS 規 格をベースとしたISO国際規格化を提案し、 国際審議と投票を経て ISO/TS22163 (TS: Technical Specification 技術仕様書 ) とし て成立したものです。2017年5月に発行 されました。その後もISO(International Organization for Standardization) に お いて改良審議中で、2021年に「TS」が取 れた国際規格として発行される予定です。 鉄道業界用 ( 鉄道セクター ) の品質マネジメ ントシステム規格が開発された理由は、ベー スとなる ISO9001 が、製造業からサービス 業まで、あらゆる業態や規模の組織などへも 適用できる様な規格として作られているため に、規格表現が抽象的で、その結果鉄道業界 で具体的にどうしたらよいのかが良くわから ないものになっているからです。このため、 鉄道製品のもの作りに対する要求を、具体的 な表現に近づけた内容になっています。 他の業界においても同様に業界要求を追加 した業界ISO9001(セクター規格)として は、自動車(IATF16949)、航空宇宙防衛 (AS9100/EN9100/JIS-Q-9100)、電気通 信 (TL9000)、医療機器 (ISO13485) などが あります。 現在 (2018 年 11 月 15 日時点 )、RQMS (ISO/TS22163)認証を取得している組織の 総数は、全世界で1455(中国702、イタリ ア114、ロシア111、ドイツ105、フラン ス55、インド33、韓国13、日本10など) です。 2.RQMS(ISO/TS22163) 規格要求 上述の通り、『RQMS(ISO/TS22163)= 「ISO9001:2015」+鉄道要求』です。 そして、ISO/TS22163 の 規格項目は 186 項目有りますが、このうち「ISO9001:2015」 への補足として追記された鉄道向け要求項目 は 36 項 目で、 一方 で「ISO9001:2015」 に は無い鉄道独自の要求項目が46項目有りま す。 ISO/TS22163 の構造として、ISO9001: 2015と追加された鉄道要求を色分けして 【図 1】 に示します。 そして、鉄道向け要求項目として追加され た主な項目を説明致します。 (1) リスク管理の強化 リスク管理のために、文書化したリスク管理 プロセスを確立し、実施し、維持する事が要 求されています。具体的にはFMEA(Failure Mode and Effects Analysis/ 故 障 モード・ 影響解析) を、事業計画、プロジェクト、設計・ 開発、製造におけるリスク管理に適用する事 を勧めています。更に、緊急事態に備える事 業継続計画、部品枯渇に備える陳腐化管理な ども求めています。 初級講座 RQMS とは R ailway Q uality M anagement S ystem: 鉄道品質マネジメントシステム

Railway Quality Management System: 鉄道品質マネジメントシ … · ・プロセスオーナー の責任及び権限 ・安全目標 ・リスク管理プロセス ・事業継続計画

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Page 1: Railway Quality Management System: 鉄道品質マネジメントシ … · ・プロセスオーナー の責任及び権限 ・安全目標 ・リスク管理プロセス ・事業継続計画

鉄道車両工業 489 号 2019.171

1.RQMS(ISO/TS22163)概要  RQMS(ISO/TS22163)(Railway Quality

Management System)とは、「ISO9001

: 2015」に対して鉄道市場に適合させるた

めの要求を追加した、鉄道業界用の品質マネ

ジメントシステム規格です。

 2015年10月に、欧州UNIFEがIRIS規

格をベースとしたISO国際規格化を提案し、

国際審議と投票を経てISO/TS22163 (TS:

Technical Specification 技術仕様書)とし

て成立したものです。2017 年 5 月に発行

されました。その後も ISO(International

Organization for Standardization) に お

いて改良審議中で、2021年に「TS」が取

れた国際規格として発行される予定です。

 鉄道業界用(鉄道セクター )の品質マネジメ

ントシステム規格が開発された理由は、ベー

スとなるISO9001が、製造業からサービス

業まで、あらゆる業態や規模の組織などへも

適用できる様な規格として作られているため

に、規格表現が抽象的で、その結果鉄道業界

で具体的にどうしたらよいのかが良くわから

ないものになっているからです。このため、

鉄道製品のもの作りに対する要求を、具体的

な表現に近づけた内容になっています。

 他の業界においても同様に業界要求を追加

した業界 ISO9001( セクター規格 ) として

は、自動車 (IATF16949)、航空宇宙防衛

(AS9100/EN9100/JIS-Q-9100)、電気通

信(TL9000)、医療機器(ISO13485)などが

あります。

 現在(2018年11月15日時点)、RQMS

(ISO/TS22163)認証を取得している組織の

総数は、全世界で1455(中国702、イタリ

ア114、ロシア111、ドイツ105、フラン

ス55、インド33、韓国13、日本10など)

です。

2.RQMS(ISO/TS22163)規格要求 上述の通り、『RQMS(ISO/TS22163)=

「ISO9001:2015」+鉄道要求』です。

 そして、ISO/TS22163の規格項目は186

項目有りますが、このうち「ISO9001:2015」

への補足として追記された鉄道向け要求項目

は36項目で、一方で「ISO9001:2015」に

は無い鉄道独自の要求項目が46項目有りま

す。

 ISO/TS22163の構造として、ISO9001:

2015と追加された鉄道要求を色分けして

【図1】に示します。

 そして、鉄道向け要求項目として追加され

た主な項目を説明致します。

(1)リスク管理の強化

 リスク管理のために、文書化したリスク管理

プロセスを確立し、実施し、維持する事が要

求されています。具体的にはFMEA(Failure

Mode and Effects Analysis/ 故 障モード・

影響解析)を、事業計画、プロジェクト、設計・

開発、製造におけるリスク管理に適用する事

を勧めています。更に、緊急事態に備える事

業継続計画、部品枯渇に備える陳腐化管理な

ども求めています。

初級講座

RQMSとはRailway Quality Management System: 鉄道品質マネジメントシステム

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鉄道車両工業 489 号 2019.1

初級講座

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(2)プロジェクトマネジメント

 リスク評価に基づき、入札段階から保証期

間の終了までの範囲で、プロジェクトマネジ

メントが実施できる様な仕組みを構築し、実

施することを求めています。

 特に、次の追加要求が有ります。

(3)RAMS/LCC(Reliability, Availability,

Maintainability, Safety / Life Cycle Costing)

 ISO9001は、もの作りの組織への要求で

すが、RAMS/LCCは、もの作りの組織が製

造する鉄道製品への要求です。

 RAMS要求は、具体的な鉄道製品に対する、

①「RAM」(信頼性、アベイラビリティ、保守

性を確保するISO9001での、もの作りの計画

と実施)の要求と、②「S」(メカの安全と機能

安全による安全設計の実施)の要求から構成さ

れます。RQMS規格は、組織に対してRAM/

LCC 活動を管理するための文書化したプロセ

スを確立し、実施し、維持することを求めてい

ます。S(Safety)については、特に安全関連ソ

フトウエアが格納された電気電子装置に「機能

安全」を要求しています。そして適用する具体

的な規格を、明確にする事を要求しています。

 一番新しいRAMS規格(EN50126-1:2017)

が定義するシステムライフサイクル、RQMS

のベースであるISO9001:2015が定義する

一般的なものづくりのプロセスフローの関係を

【図2】に示します。

[図1] ISO/TS22163の構造 ISO9001:2015 + 追加鉄道要求

4組織の状況

5リーダーシップ

6計画

7支援

8運用

9パフォーマンス

評価

10改善

組織及びその状況の理解

利害関係者のニーズ及び期待の理解

品質マネジメントシステムの適用範囲の決定

品質マネジメントシステム及びそのプロセス

リーダーシップ及びコミットメント

方針

組織の役割、責任及び権限

リスク及び機会への取組み

資源

品質目標及びそれらを達成するための計画策定

変更の計画

事業計画

力量

認識

コミュニケーション

文書化した情報

運用の計画及び管理

製品及びサービスに対する要求事項

製品及びサービスの設計・開発

外部から提供されるプロセス、製品及びサービスの管理(EPPPS)

製造及びサービス提供の管理

製品及びサービスのリリース

監視、測定、分析及び評価

内部監査

マネジメントレビュー

プロセスレビュー

不適合なアウトプットの管理

RAMS / LCCFAI

イノベーション管理

陳腐化管理

一般

不適合及び是正処置

継続的改善

・文書化したプロセスに対する要求事項

・安全方針

・プロセスオーナーの責任及び権限

・安全目標

・リスク管理プロセス・事業継続計画

・予算の計画、承認及び管理・装置の保全・監視及び測定のための資源・組織の知識

・安全の方針及び目標に対する認識

・文書化した情報の管理のためのプロセス

・力量管理のためのプロセス

・顧客の施設でも適用例えば、試運転又は設置を実施中など

・製造スケジュール・管理された状態を確実にするための活動

・製造プロセスの検証・製造プロセスの妥当性確認

・特殊工程・製造装置

・識別及びトレーサビリティ・顧客又は外部提供者の所有物

・保存・引渡し後の活動

・プロセスの外部委託又は移行・入札マネジメント・プロジェクトマネジメント・形態管理・変更管理

・顧客とのコミュニケーション・要求事項の管理のためのプロセス

・設計・開発又は新技術の導入・設計レビュー・設計の検証・設計の妥当性確認

・外部提供者及びEPPPSの分類・外部提供者の評価・外部提供者の承認・外部提供者のオファーの選定・外部提供者に対する情報・EPPPSのリリース承認・EPPPSのリリース後の検証・外部提供者のパフォーマンスの監視、

再評価及びランキング・サプライチェーンマネジメント・検査及び試験の活動・検収・特別採用

・必須/オプションのKPI・顧客満足

・監査プログラム・監査員の管理

・マネジメントレビューへのインプット・マネジメントレビューからのアウトプット

・問題解決方法

PLAN DO CHECK ACT

*補足2:EPPS (External Provided Product, Process or Service)外部から提供される製品、プロセス又はサービス

*補足3: 2015版からISO9001とISO14001は、[統合認証]を意図し、規格構成が統一された。

赤字:追記鉄道要求

新規項目追加鉄道要求

ISO9001:2015に対して

*補足1:FAI (First Article Inspection)製造プロセスの妥当性を確認するための、一連の検査及び検証活動

(図1 DOの 8運用 の直下★を参照)8.1.3  プロジェクトマネジメント8.1.3.1 プロジェクト統合マネジメント8.1.3.2 プロジェクトスコープマネジメント8.1.3.3 プロジェクトタイムマネジメント8.1.3.4 プロジェクトコストマネジメント8.1.3.5 プロジェクト品質マネジメント8.1.3.6 プロジェクト人的資源マネジメント8.1.3.7 プロジェクトコミュニケーションマネジメント8.1.3.8 プロジェクトのリスク及び機会の管理8.1.3.9 プロジェクトの調達管理

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鉄道車両工業 489 号 2019.1

(4)IT技術の活用

 IT技術を用いて業務のデジタル化をする前

提の規格となっており、文書化した情報を管

理するために電子システムを用いることや、

アプリケーションソフトウェアを活用する業

務遂行を要求、又は推奨しています。

3.RQMS認証の有用性と効果 RQMS(ISO/TS22163)認証は、ISO9001

と同時に認証を受ける品質組織の単位毎に、認

証機関が審査します。合格すると、ISO9001

とISO/TS22163の2件の認証書が得られます。

 認証は3年間有効です。そして3年毎に更

新審査が有り、その間も毎年の定期監査が有

ります。

 審査は、ISO9001では合否だけですが、

RQMS(ISO/TS22163) 認証では採点審査さ

れ、評価結果により金、銀、銅の3段階とし

て IRIS Portal(http://www.iris-rail.org/) に

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て掲示されます。

 欧州ではRQMS(ISO/TS22163)認証がサ

プライヤーの資格要件とされていて、認証取

得企業に対しては、従来の様な顧客が直接実

施してきたサプライヤーの工場品質監査を省

略します。つまり欧州顧客は、工場品質監査

をRQMS認証により認証機関に外注化する事

で、経費と工数と検査要員の削減を図ること

ができています。

 さらに、欧州の部品メーカも、顧客毎に実

施していた品質監査の回数が、認証機関によ

る年1回に減ることで、コストダウンのメリッ

トがあると報告しています。

 RQMSとして、ISO規格の標準と成った

事で、同じ物差しで世界調達が可能となり、

そして世界調達に関わるコストダウンも図る

[図2] RAMSプロセス(EN50126-1:2017) と ISO9001:2015 との関係

1. 構想

9. システムの妥当性確認 *

2. システムの定義と適用条件

3. リスク分析

4. システム要求

5. システム要求の割当

6. 設計と実行

7. 製造 *

8. 統合 *

10. システムの受入

11. 運用と保全、性能監視

12. 廃止

顧客(要求仕様書)

8.2 要求事項(顧客関連)

引き合い

要求仕様確認

見積・入札・契約

8.3設計・開発

設計

検証

妥当性の確認

レビュー

加工(外注)

8.4外部提供管理

業者選定

材料手配

受入検査

入庫

指示書、基準書

生産計画

8.5製造及びサービス提供

製造設備

品質規格(ISO9001:2015)が定義する一般的な ものづくりのプロセスフロー

RAMS規格(EN50126-1:2017)が定義するシステムライフサイクル

9 パフォーマンス評価9.1 監視, 測定, 分析, 評価9.1.2 顧客満足9.1.3 分析及び評価9.2 内部監査9.3 マネジメントレビュー10 改善10.2 不適合及び是正処置10.3 継続的改善

8.6 製造及びサービスのリリース

製造指示

材料部品出庫

機械加工、特殊工程

8.5製造及びサービス提供

梱包・出荷

検査

組立・検査

完成品検査

引渡後の活動(補償

,保守,リサイクル,廃棄)

変更の管理

* 多くのサブシステム及びコンポーネントを含む

設計の変更

要求事項の変更

8.7 不適合なアウトプットの管理

*IRIS Portal:認証を受けた各企業は、UNIFE(欧州鉄道産業連盟)の IRIS データベースに登録され、ウェブサイト上でも公表されます。

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鉄道車両工業 489 号 2019.1 74

ことができるのです。

4.RQMS(ISO/TS22163)の今後の動向と日本への影響 2018年9月のInnoTransの会場で、IRQB

(国際鉄道品質委員会:International Rail

Quality Board) の設立が発表されました。

鉄道製品へRQMSを活用していく事を目的

に、鉄道事業者 (ドイツ、フランス、ロシア、

スイス、ベルギー、オランダの各国鉄、マドリー

ド地下鉄)と、欧州の主要な鉄道車両メーカ、

部品メーカが参加した団体です。事務局は

UNIFEのIRIS Management Centreです。

 そして既に、欧州、ロシアの鉄道事業者は、

RQMS認証をサプライヤーの資格要件とする

動向です。つまり、海外鉄道案件ではRQMS

が、ISO9001に置き換わって要求される動

向にあります。

 しかしながら、日本の鉄道製品メーカが

RQMS認証を取得しようとすると、以下の課

題に直面します。

(1)UNIFEによる認証規格しか無く、認証機

関が欧州系の16機関に限定されています。

しかも日本人認証員が少なく、外国人認証員

の審査を受けざるを得ません。現状では、日

本国内での認証取得は、大変難しいです。

(2)ISO/TS22163規格の日本語訳は、2018

年12月に出たばかりです。よって規格の日本

語解説書が無いために、RQMS認証取得に向

けた、社内規程や、手順書などを作成する際に、

具体的にどの様な内容で、どのレベルで作成

したら良いのか良くわからないという問題があ

ります。

5.まとめとして(今後の展望) 海外案件では、RAMSの活動や、認証が

要求されるケースが多いのですが、これらは

ISO9001の上で成立するものです。

(2章(3)の通り)

 つまり、品質マネジメントシステムに弱点

がある組織では、認証取得に苦労があります。

また最近は、鉄道製品に対しても、サイバー

セキュリティの要求が出てきています。製品

の機能安全が成立していないとサイバーセ

キュリティへの対応が困難です。そして機能

安全は、ISO9001が機能した組織で製造さ

れていないと認証取得は困難です。

 この様にISO9001は、もの作りの基盤イ

ンフラになっています。そして、RQMS(ISO/

TS22163)は、鉄道用途としてISO化により

世界調達を意図して開発されました。今後、

海外案件ではRQMSが要求される動向にあり

ます。

 今回、RQMS に触れられた事を機会に、

ISO9001 を、できれば ISO/TS22163 を

読む事をお勧めします。日本工業標準調査会

(http://www . jisc . go . jp/ )のJIS検索で

ISO9001 の日本語版 JIS-Q-9001 を読む

ことができます。製造業が実行する、もの作

りのプロセス全体がつかめると思います。

 また、ISO9001 は産業分野や企業規模

を超えた、もの作りの世界標準規格です。

ISO9001 を知ると、言語、産業分野が異

なっても、全世界の製造業の、もの作りの管

理の適切性について、「同じ物差し」で判断が

出来る様になります。もし、ISO9001の仕

組みが共通に認識されていない場合は、特に

海外ビジネスにおける相互の認識のずれの原

因となります。国際的な鉄道もの作りに携わ

る人は、海外のもの作りの人と同じコモンセ

ンスの土俵に立つために、ISO9001と共に、

RQMS(ISO/TS22163)の学習をお勧めます。

【ナブテスコ株式会社 鉄道カンパニー

開発部 参事 外山 潔】

初級講座