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Close up 電子顕微鏡進化論。 有機分子の形の変化を動画撮影、世界で初めて成功 科学技術コーディネータの仕事。 01 Topics 02 Topics なぜ、日本人は科学リテラシーが低いのか? 地域における産学連携のキーパーソン ニセ科学にだまされないために! 5 No. 2 Vol.4 May 月号 2007

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Close up

電 子 顕 微鏡進化論。 有機分子の形の変化を動画撮影、世界で初めて成功

科学技術コーディネータの仕事。 01Topics

02Topics なぜ、日本人は科学リテラシーが低いのか? 地域における産学連携のキーパーソン

ニセ科学にだまされないために!

5No.2Vol.4

May

月号

2007

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ペトリとは俺のことかとシャーレ言い 【シャーレ 】

 シャーレは円形平底、直径10cm、高さ1~2cm

ほどのガラス製の蓋つき皿。小学生のころ、この

中に水を含ませた綿を敷き、マメやイモの発芽を

観察した記憶のある人は多いはずである。そんな

われわれに馴染みのシャーレだが、じつは科学の

世界ではただシャーレと呼ばれることはほとんどな

い。なぜか。シャーレ(Schale)はドイツ語で皿・

鉢・碗を指す一般名詞。ということは、前回のフ

ラスコ(瓶)の場合と同様に、シャーレと言ったの

では、ただ単に皿を皿と呼んでいるに過ぎないこ

とになる。そこで、この器具を考案したドイツの細

菌学者、J.R.ペトリ(1852~1921)の名をとって

「ペトリ皿」(独:Petri Schale、英:Petri dish)と

いう呼び名に落ち着いたのである。現行の各種辞

典・事典のまずほとんどは、シャーレではなく「ペトリ

皿」で項目が立てられているので注意を要する。

 ペトリはまた、この皿の中に寒天で培地をつくっ

て細菌を培養する方法も開発したが、以後これは

医化学・薬理学・生化学などの分野での代表的

な実験法となった。そんな実験室のある日の情景

を、遺伝メカニズムの研究で1965年度のノーベル

医学生理学賞を受賞したフランスの分子生物学

者、フランソワ・ジャコブが自伝の中でスケッチして

いる。

 そのころジャコブは、“遺伝的組み換え率の高

い変異株”というものを求めて、来る日も来る日も

ペトリ皿と格闘していた。「……一緒に仕事をして

いる実験助手のマルティーヌ・タレックが午後の

実験用にペトリ皿に寒天を流し込んでいる。私は

夢中になって、前日やった皿の山を調べている。

(中略)変異株はあいかわらず見つからない。この

皿にもない。こっちにもない。まだない。突如とし

て、集落におおわれた皿。あった! これだ。と、あわ

てすぎて乱暴なしぐさ! ペトリ皿の山はタイルの床

の上に砕ける。……」*

 科学的真理とは、このような無数の悲喜劇と試

行錯誤の果てに到達するものなのである。

(文・西田節夫) *F.ジャコブ『内なる肖像』辻由美訳、みすず書房(1989)

地域における産学連携のキーパーソン

科学技術コーディネータの仕事。 ニセ科学にだまされないために!

なぜ、日本人は科学リテラシーが低いのか?  ようこそ、私の研究室へ 古薗 勉 「細菌感染防止を実現する界面融和型経皮デバイスの開発」代表研究者

日本科学未来館の耳より情報

Running at the Miraikan

有機分子1個の形の変化を動画撮影することに世界で初めて成功。画期的な 発見のニュースの背景には、電子顕微鏡の進化の歴史と、「肉眼ではとらえられない小さいものを見たい」という知的好奇心から生まれる、さまざまな夢がある。

5月号

Vol.4 No.22007 May

編集長:福島三喜子 /制作:株式会社トライベッカ/デザイン:中井俊明/印刷:株式会社テンプリント

Contents

06

10

12

14

16

03Close up

Topics01

Topics02

科学技術振興機構の最近のニュースから……

JST Front Line

電子顕微鏡進化論。 

コロニー

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03

 廃熱をリサイクルすることにより化石燃料の消費量を減らす、画期的な新材料の開発に成功しました。  工場や自動車から出るガスやその熱は、地球環境悪化の原因の1つ。その解決の一方策として注目されているのが、熱を

与えると発電し、電気を流すと冷える熱電変換材料です。しかし、現在材料として使われているビスマス、アンチモン、鉛などは、埋蔵量が少なく、猛毒であるなどの問題点が指摘されていました。  戦略的創造研究推進事業ナノテクノロ

ジー分野別バーチャルラボ「エネルギーの高度利用に向けたナノ構造材料・システムの創製」(研究総括・藤嶋昭)の研究課題「ナノブロックインテグレーションによる層状酸化物熱電材料の創製」(研究代表者・河本邦仁名古屋大学教授)の太田裕道助教授(名古屋大学)らは、絶縁体のチタン酸ストロンチウムが、少量のニオブを添加すると電気を通す性質に着目。ニオブを添加した極薄シートを絶縁体のチタン酸ストロンチウムで挟んだサンドイッチ構造にして熱し、シートに電気をためることに成功しました。  チタン酸ストロンチウムは毒性もなく、人工宝石などに利用されるありふれた素材で、これにより、環境にやさしい製品の開発につながることが期待されます。

刻々と変化する有機分子の動きを、電子顕微鏡で 直接観察することに成功。「あたかも分子模型を見るかのように」という 研究者の長年の夢を世界で初めて実現。

研究成果

開発成功 Good

「分子模型を見るように有機分子の形の変化を観察したい」――そんな研究者にとっての長年の夢が、ついに叶いました。  戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)の「中村活性炭素クラスタープロジェクト」の研究総括である中村栄一教授(東京大学)、末永和知博士(産業技術総合研究所)と磯部寛之助教授(東京大学)の共同研究チームが、小さな有機分子の形と運動を観察することに、世界で初めて成功したのです。  有機分子の動きを観察するには透過型電子顕微鏡(TEM)が最適だとは以前から考えられていました。しかし、観察に必要な条件である真空中では有機分子が1秒間に数十メートルという速さで飛び回ってしまうこと、電子線を照射すると発生する熱のために有機分子が壊れるこ

となどから実現は困難とされていました。  共同研究チームはこの難問を、カーボンナノチューブの中に有機分子を閉じ込めて動きを遅くし、電子線照射によるダメージを軽減することなどで解決。1分間に分子がチューブの中を往復する様子を動画撮影することに成功しました。  「世界初」の快挙についての詳しい内容は、P.6からの「Close Up」で紹介します。

カーボンナノチューブの中の有機分子(写真上。下はそれを示した分子模型)。たとえるなら目にもとまらぬ速さで動くハチを閉じ込めたようなものです。形の変化の連続写真はP.8で。

今回の観察には茨城県つくば市の産業技術総合研究所にある電子顕微鏡が使われました。現在は、さらに高性能な電子顕微鏡による観察が試みられています。

「熱を電気に変える」チタン酸ストロンチウムの利用法の1つとして、排気ガスが持つ熱を電気に変え、それを動力に使う、まったく新しいタイプの電気自動車も考えられます。

研究者の長年の夢を実現する快挙や、熱を電気に変える新しい素材の開発、 国際科学技術コンテストを目指している高校生の姿など、今月も興味深い話題をぎっしりと詰め込んでお届けします。

NEWS 02“熱を電気に変える”―廃エネルギーの再資源化で注目されている熱電変換材料。

ありふれた酸化物である「チタン酸ストロンチウム」を使って 高い効率を示す熱電変換材料の開発に成功。

自動車から排出される 高温の“熱”を使った発電

NEWS 01

P.6 Close up へ

バッテリー

排気ガス T=800~1,000℃

充電

モータ ジェネレータ

放電

熱電変換 素子 e

ee セパレータ

5科学技術振興機構(JST)の最近のニュースから…… 月号

2007

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04 May 2007

世界の理数系高校生の夏の祭典、国際科学技術コンテスト。 数学、化学、生物、物理、情報……。生物の第二次選考に密着。

コンテスト支援

地域イノベーション創出総合支援事業の新プログラム「研究開発資源活用型」。 現在、平成19年度新規課題を募集中。

科学技術振興機構(JST)の最近のニュースから……

研究課題例

森教授らはすでに、機能性トリアジンチオール誘導体(TESTD)を利用してさまざまな素材に金属を強固に接着させる技術を開発済み。これを実用化すべく、地域に根ざした5つの企業との連名で本プログラムに応募。現在、分子接着剤の製造技術開発、樹脂と金属の接着力向上など5つの課題について研究開発中だ。電子基盤業界での適用範囲が広く、製品用途は携帯電話やパソコン、デジタル家電など数多い。市場への大きなインパクトが期待される。

次世代プリント回路基板の製造技術確立

森邦夫(岩手大学工学部教授)

プロジェクトリーダー

NEWS 04

NEWS 03

 日本各地の大学などで行われている研究を埋もれさせず実用化して、1日も早く社会に還元させたい―そんな願いから新しいプログラムが生まれました。  全国に展開しているJSTイノベーションプラザやJSTイノベーションサテライトは、大学などの研究成果を社会に還元するための活動拠点。この拠点を活用した地域イノベーション創出総合支援事業の重点地域研究開発推進プログラムの1つとして、平成17年度にスタートしたシーズ発掘試験に続き、平成18年度に始ま

ったのが地域研究開発資源活用促進プログラムです。  研究開発資源とは、地域に蓄積された研究成果、人材、研究設備などのこと。これを有効に活用し、企業化に向けた研究開発を行って地域企業への円滑かつ効果的な技術移転を図るのが、プログラムの目的です。平成19年度からは「研究開発資源活用型」という新しい名称で展開していきます。  応募は大学などと企業との連名で行い、すでに研究室レベルのプロトタイプなどができていること、企業化の際に実施許諾か可能な特許(原権利)を出願済み、あるいは出願準備中であることなどが応募要件として挙げられ、委託金額は1課

題あたり1年度3千万円~1億円で、最大3年度の支援を行います。  現在、平成19年度新規課題を募集しています。締切は5月16日(水)。応募の詳細はホームページをご覧ください。 http://www.jst.go.jp/chiiki/shigen/index.html

地域イノベーション創出総合支援事業

シーズ発掘試験が地域におけるイノベーション創出の第一歩を支援するのに対し、研究開発資源活用型は、企業化がはっきり見えてきた最終段階のものに支援を行う。

育成研究

研究開発資源活用型

地域における イノベーション

創出 展開

研究機関 (大学・高専・公設試)

企業 共同研究

NEW

 「国際科学技術コンテスト」とは、毎年夏に行われる国際的な科学技術コンテストの総称で、世界各国を代表する中・高校生が一同に集い、競い合うものです。日本代表は平成18年度、各分野合わせて20のメダルを獲得するなど健闘。国際科学技術コンテスト支援事業は日本の技術基盤を担う人材の養成などの観点から支援しています。  春休みは各教科で日本代表を決める季節。その1つである国際生物学オリンピック日本代表選考会第二次選考が、3月16日から18日まで東京大学で行われました。集まったのは昨年12月に全国主要都市29カ所で行われた第一次選考(筆記試験・試験時間90分)を通過した19人。「植物の観察」「生態」などの実技試験に約3

時間ずつ取り組み、7月のカナダ大会に参加する4人の代表の座を競いました。  愛知県立岡崎高校3年生の本多健太郎君と石川県立金沢泉丘高校3年生の西川哲生君は、いずれも昨年に引き続き、第一次を突破しての参加。試験問題は与えられた条件を使って考えるものが多く、「受験勉強は暗記が多くてつまらないけれど、この問題は解くのが楽しい」(本多君)、「今年ももっと難しい問題を解きたいと思って挑戦しました」(西川君)。大学の著名な先生

から問題の解説をしてもらえ、同じ生物に興味をもつ仲間との出会いもあり、大会への参加で知的好奇心を刺激されるようです。  今年度も各教科の国内大会が開催されます。科学好きな高校生はぜひ参加を。

大学で分子生物学を学びたい本多君(左)と、医者を目指している西川君(右)。生物学の面白さを共有できる友との1年ぶりの再会を喜び合っていた。

Contest

800万円/1年の共同研究で、イノベーション創出の可能性を検証

2億円/4年の本格的研究で、イノベーション創出に向けた実用性を検証

Step1

Step2

新規事業

「動物の発生」の試験風景。アフリカツメガエルの卵割を観察し、設問に答えていく。

プラザ・サテライト

JST 選定・委託

評価・助言

シーズ発掘試験

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05

研究者数世界2位、論文数世界5位、躍進する中国の科学技術を一覧。 中国文献データベース(JSTChina)が4月から本格的にサービス開始。

NEWS 05

 中国の科学技術論文を日本語で検索できるデータベース(JSTChina)の本格的なサービスを開始しました。  昨年4月に発足した中国総合研究センターの事業の1つで、中国国内で発行される重要な科学技術資料のうち、約740誌を選定、掲載されている文献について日本語の抄訳を作成してデータベース化。インターネットを通じて、だれでも無料で検索、閲覧できるようにしました。原文コピーの入手も可能(有料)。今年度中に文献数十万件の紹介を目指しています。  中国の科学技術の急速な進歩は、世界中の注目を集めています。研究者数は93万人でアメリカに次いで世界2位。

論文数はアメリカ、日本、ドイツ、イギリスに次いで世界5位。カーボンナノチューブの研究論文数は2001年に日本を抜いて世界2位になりました。中国総合研究センターの発足も、最近、めざましい躍進を遂げつつある中国との科学技術協力を進めるというねらいからです。データベースの本格的なサービス開始は、そのための大きな一歩といえます。  さらに、同センターでは中国科学技術各界のリーダーへのインタビュー、中国の今を伝える現地レポート、中国科学技術最新トピックなどをマンスリーレポートとして提供中。日中の相互理解を深める活動を続けています。

 大学などの最先端基礎研究のなかから、産学共同でイノベーション創出を目指す産学共同シーズイノベーション化事業「顕在化ステージ」の公募を行っています。  このステージは大学などで行われている基礎研究のうち、まだ用途が明確でないものなどについて企業の視点でイノベーション創出を目指し、新たな提案をしてもらい、その可能性を検証する産学共同研究を行うのがねらいです。応募締切は8月6日(月)。詳しくはホームページをご覧ください。 http://www.jst.go.jp/innovate/  6月からは次のステップである育成ステージの公募も開始。また、企業と

大学の出合いの場も提供していきますので、今後の情報に注目を。

募集 NEWS 06産学共同シーズ イノベーション化事業 「顕在化ステージ」課題募集中。

フォーラム NEWS 07コーディネータ間の ネットワーク形成を支援する 「イノベーションコーディネータフォーラム」を開催。

クリック

800万円/1年の共同研究で、イノベーション創出の可能性を検証

800万円/1年の共同研究で、イノベーション創出の可能性を検証

2億円/4年の本格的研究で、イノベーション創出に向けた実用性を検証

2億円/4年の本格的研究で、イノベーション創出に向けた実用性を検証

顕在化ステージ

Step1

Step2育成ステージ 顕在化ステージは110

課題程度採択予定で、年800万円程度(最長1年)、育成ステージは8課題程度で年5000万円程度(最長4年)。

潜在シーズの顕在化

顕在化したシーズの育成

Step1

Step2Step2

Search

データベース

Forum

JDream¿の検索システムを使用しています。アクセスは中国総合研究センターのホームページから。http://crds.jst.go.jp/CRC/

パネルディスカッションには大学のTLO、地域センターなどさまざまな立場の人が参加。

会場には各地域のRSP事業の成果事例を示すパネルが並び、休憩時間などに熱心に目を通す姿が見られた。

 3月12日、東京駅前の丸ビルホールで、イノベーションコーディネータフォーラムが開かれました。  JSTは、日本でのコーディネート活動の草分けとなったRSP(地域研究開発促進拠点支援)事業が役目を終えた後も、全国のJSTイノベーションプラザなどを拠点に、コーディネータの活動を支援しています。地域におけるイノベーション創出における産学官の連携の重要性が増すにつれ、キーパーソンとなるコーディネータにかかる期待も大きくなってきました。そこで今回、全国各地域のコーデ

ィネータが集まり、成功事例の共有などを行うことで、ネットワーク形成を促進し、課題解決やスキルアップをはかることをねらいに、フォーラムを企画しました。  当日は、大学や自治体、公設試、財団など、さまざまな立場のコーディネータが全国から集まり、約300名の参加者で会場は盛況。参加者は、講演や成功事例紹介、パネルディスカッションなどに熱心に耳を傾けました。フォーラム終了後に意見交換会が開かれ、コーディネータ同士が交流を深め、情報を共有する機会になりました。  コーディネータの活動の現在について詳しくは、P.10からの「Topics」でどうぞ。

P.10 Topics 参照

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06 May 2007

1970年代には金属原子の結合した様子を電子顕微鏡で見ることが可能になった。手前はカーボンナノチューブの発見者でもある飯島澄男・現名城大教授。

■ 電 子 顕 微 鏡 の 仕 組 み

電子銃から電子を照射、試料を透過した電子をコイルを使った電子レンズで拡大し、蛍光板やCCDカメラなどで目に見える光に変換する。

東京帝国大学最初の

1942年に谷安正助教授が製作完成。東京大学工学部総合研究機構9号館地下1階実験室に現存。分解能は1ナノメートル。

電子顕微鏡

太平洋のどこかにある宝物を バケツ1杯の視野で探すような作業。  子どもの頃、虫眼鏡を片手に家の中や外

を探検し、手当たり次第にさまざまなもの

を拡大して見た人は少なくないだろう。肉

眼ではとらえられない小さいものをこの目

で見たい―それは知的好奇心のある人間

の自然な感情だ。産業技術総合研究所の末

永和知博士は、その思いをエネルギーに、

世界最高レベルの性能をもつ電子顕微鏡を

日夜、のぞき続けている。

「真っ暗な部屋に昼から閉じこもり、太平

洋のどこかにある宝物をバケツ1杯ほどの

視野で探し続けるような作業ですから、『誰

も見たことがないものを見たい!』という

強い気持ちが必要です。見つけた時の喜び

は、言葉では表せませんね」(末永博士)

 科学の歴史をひもとけば、末永博士のよ

うな情熱をもった先人たちが生み出してき

た「道具」の移り変わりを知ることができる。

 16世紀末に発明された光学顕微鏡は、

「光とレンズでものを拡大する」という虫

眼鏡の原理を発展させてつくられ、何百倍、

何千倍という、それまでの常識では考えら

れない世界へと導いてくれた。しかし、や

がて人々は、光学顕微鏡の限界を知る。

 光学顕微鏡で2つの点を2つの点と認識

できる最短の距離(分解能)は、原理的に

いって目に見える光(可視光線)の波長=

1マイクロメートル(100万分の1メートル)

の半分まで。たとえレンズを飛躍的に改良

して倍率を上げていっても、それ以下の原

子レベルの世界をのぞくことはできない。

 その限界を超えたのが、20世紀前半に発

明された電子顕微鏡だ。可視光線よりもず

っと短い波長をもつ電子線を利用すること

で壁を破った。たとえば透過型電子顕微鏡

では、左下の図のように観察対象に電子線

をあて、通過してきた電子を電子レンズで

拡大、蛍光板にあてたり、CCD(電荷結

合素子)カメラなどで撮影したりして観察

する。原子によってどの程度電子線が通過

するかに差があるため、観察対象の姿を像

にすることができる。

 電子線を発生させるには高電圧が必要だ

し、電子線を安定させるためには顕微鏡の

中を真空状態に保ち、音なども極力遠ざけ

なければならない。そうした問題をクリア

し、改良を重ねることで電子顕微鏡は進化

を続け、1970年代には原子の姿をとらえ

られるまでになった。

電子レンズ (コイル)

電子銃

蛍光スクリーン

収束レンズ

対物レンズ

投射レンズ

試料

Close up デ ン シ ケ ン ビ キ ョ ウ シ ン カ ロ ン

2n m

誰も見たことがないものを、見たい!

1966年生まれ。産業技術総合研究所・ナノカーボン研究センター・カーボン計測評価チーム長。工学博士。ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクト・ナノ構造解析グループ長(2006年9月まで)。

Profile

スエナガ カズトモ

今年2月、ERATOの中村活性炭素クラスタープロジェクトが、有機分子1個の形の変化を動画撮影することに世

末永和知

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07

有機分子の形の変化を動画撮影、世界で初めて成功 !

r電子顕微鏡本体の真ん中付近から横に伸びた腕の部分にセットし、スイッチを入れると、観察対象が中央に運ばれ、観察に最適な高さにセットされる。中央の筒は二層構造で、真ん中は真空状態にし、外側は冷気で満たして零下269℃まで冷やすことが可能。 ty上部の電子銃から電子線を照射すると、蛍光板に映る像や、CCDカメラによるパソコン画面の像を観察できる。

末永博士が撮影した、直径100万分の1ミリほどのカーボンナノチューブの中にフラーレンが入っている画像。右下のモデル図のような網の目の構造がわかる。

炭素原子が60個以上集まったサッカーボール状の構造の炭素材料で、カーボンナノチューブと同様、さまざまな特性を示す。

qwピンセットを使い、観察対象をシャーペンの先端のような入れ物の中に落とす。観察対象を通った電子が何にもぶつからずに進めるよう、底がメッシュになっている。 e観察対象が入った入れ物を、電子顕微鏡本体から取り外された、刃の極めて小さい竹刀のようなものにセットする。

■ 電子顕微鏡の観察の仕方

世界最高性能の

2006年に中村活性炭素クラスタープロジェクトで開発。観察対象を零下269℃まで冷却。産業技術総合研究所で稼動中。

電子顕微鏡

*フラーレン

極細チューブ構造の炭素材料。丸まり方や太さ、端の状態などによってさまざまな電気的、機械的、化学的特性を示す。

*カーボンナノチューブ

カーボンナノチューブ観察の成功に続き 次は、有機分子1個の姿を見たい。  電子顕微鏡は現在もさまざまな方向へ進

化し続けている。その1つが、加える電圧

を高くして電子線の波長を短くし、分解能

を上げること。日本の研究はこれまでこの

方向の開発が主流だったが、末永博士は違

う方向での展開を考え始めた。それでは「見

たいものを見ることができない」からだ。

 末永博士が目指したのはフラーレンやカ

ーボンナノチューブなどを炭素原子が並ん

だ姿で見ること。これまで電子顕微鏡で観

察できた原子は主に金属原子で、炭素のみ

の物質の観察は電子とぶつかって発生する

エネルギーのため分子が壊れ、不可能と考

えられていた。しかし「見たことがないも

のを見たい」という思いにかき立てられた

末永博士は、100万ボルト以上まで可能に

なっていた電圧をあえて12万ボルトに下げ

るなどの工夫を重ね、カーボンナノチュ

ーブの姿をとらえることに成功(下写真)。

 そんな時、東京大学大学院理学系研究

科の中村栄一教授と出会う。中村教授の

専門は有機化学で、「有機分子1つの姿

を見たい」と願っていた。2004年7月末、

ある学会の懇親会で、同教授は末永博士に

「有機分子を見るプロジェクトをやりませ

んか」と声をかけたのだ。こうしてナノ構

造解析グループとして取り組みが始まった。

1

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界で初めて成功、というニュースが発表された。背景には、電子顕微鏡の進化の歴史と、かかわる人々の夢があった。

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08 May 2007

「あたかも分子模型を見るかのごとくに、有機分子の形の変化を観察する」という

研究者の長年の夢を実現!

チューブの中で動く有機分子の画像。数字は撮影開始からの経過時間(秒)。最初(0.0秒)の画像の黒いバーの長さは1ナノメートル。Aは4.2秒後、Bは6.3秒後の画像の分子モデルでピンクはホウ素。飽和炭化水素の鎖が2つついている。4.2秒後は鎖の部分が重なっているため濃く、6.3秒後は交差していて回転しているようにも見える。

常温では不可能と思われた 「1つの分子が動く姿」まで見えた! 「観察に必要な条件である真空中では、有

機分子が1秒間に数十メートルという速さ

で飛び回ります。これでは観察などできま

せん。そこで編み出したのが、有機分子を

カーボンナノチューブの中に入れてしまう

方法。目にもとまらぬ速さで動くハチをガ

ラスのチューブに閉じ込めてしまおうと

いうわけです」(中村教授)

 実現は非常に困難に思えるが、末永博士

にはすでにフラーレンをカーボンナノチュ

ーブに入れて観察した実績があった。

 観察対象の有機分子を見やすい形に合成

することにもこだわった。飽和炭化水素の

鎖にそれよりもはっきりと区別できるホウ

素原子クラスターをつけて判別しやすくした。

 さらに、分子の動きを抑え、分子自体が

壊れるのを防ぐため、観察対象を零下269

℃まで冷却する装置の製作も決定。完成に

は時間がかかるが、できる限りの準備を整

えようと、電子顕微鏡の専門家として招い

ていた越野雅至博士が観察を開始した。

 すると予想外のことが起こった。冷却装

置がないにもかかわらず、分子の姿を見る

ことができたのだ。さらに、分子がチュー

ブの中で形を変えて動く様子を動画でとら

えることにも成功した(上写真)。常温時に

電子顕微鏡で観察すれば有機分子は壊れる

のが常識。厳しい検証が重ねられたが、確

かに観察対象の有機分子だと確かめられた。

「有機分子が1つずつバラバラの状態では、

電子とぶつかって反応しやすい状態の時に

反応する相手がいないので壊れなかったと

考えられます」(中村教授)

 当初の予想を超える成果は、今年2月に

米国の学術誌「サイエンス」に発表され、

世界中から大きな注目を集めた。

 今回の発見は、プロジェクトの枠をはる

かに超えてさまざまな成果につながり(右

囲み記事参照)、人類の科学の歴史から見て

も大きな価値があると中村教授は語る。

■有機分子が形を変化させながら動いている!

1951年生まれ。東京大学大学院理学系研究科化学専攻教授。日本学術振興会学術システム研究センター主任研究員。ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクト研究総括。

Profile ナカムラ エイイチ

中村栄一教授

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09

有機分子の形の変化を動画撮影、世界で初めて成功!Close up

デ ン シ ケ ン ビ キ ョ ウ シ ン カ ロ ン

「ものを分解していくとどうなるかという

疑問は、ギリシャ時代から人類にとって大

きな命題の1つでした。その答えとして理

論的に考えられた分子1つの構造を、人類

が初めてその目で見ることができたのです」

 今回の大きな発見を経て、電子顕微鏡は

さらにどんな方向に進化していくのか。

 末永博士が注目するのはレンズの収差だ。

レンズは単一では完ぺきにはならない。そ

のズレ=収差を光学顕微鏡では凸レンズと

凹レンズを組み合わせて補正する。ところが、

電子顕微鏡で使用するコイルを使った電子

レンズでは凹レンズをつくることができず、

補正が難しいのだ。この分野ではドイツの

技術が進んでおり、今回開発した電子顕微

鏡も、レンズのみドイツ製。そこで、違った

角度から収差をなくす研究を進めている。

 中村教授は、宇宙の有機分子を観察でき

る電子顕微鏡という夢を描く。

「ナノチューブを宇宙空間に持っていき、

物理吸着した有機分子を見られたら素晴ら

しいですね。大きさや電源の安定性など問

題がありすぎますが、宇宙空間なら真空に

する必要がないという利点もありますよ」

 人間に知的好奇心がある限り、電子顕微

鏡の進化は止まらない。

左右それぞれ、電子顕微鏡の画像が、観察対象のモデル図やシミュレーション画像と似ており、確かに観察対象の画像とわかる。左は炭素原子12個の鎖が1つ、右は22個の鎖が2つついている。

q黒いフタの容器に入っているのが観察対象の有機分子、白いフタの容器に入っているのがカーボンナノチューブ。

wカーボンナノチューブを減圧酸素が流れるガラス管の中に閉じこめて酸化させ、穴が空いた状態にする。 erバーナーで焼き切って穴が空いた状態のチューブだけをとり出し、それを有機分子と混ぜ、再び真空状態にしてから160℃くらいで加熱すると、有機分子が気化し、チューブの穴の中へと入っていく。「タコツボにタコが入るようなものですね」(越野博士)

t有機分子の入ったチューブのみをとり出し、溶液に分散させ、電子顕微鏡で観察する。写真は、今回の動画撮影に成功した電子顕微鏡。P7の電子顕微鏡は、撮影に成功した後に導入された、零下269℃にまで温度を下げられる最新鋭のもの。これを使ってさらに観察が進み、新たな発見が生まれると期待される。

■有機分子を  カーボンナノチューブに 閉じこめる

■ 分子のしっぽが穴にはまった?

1

2

3

5

4

ここから広がる さまざまな成果

新素材開発

チューブの中を左右に行ったり来たりする分子。数字は撮影開始からの経過時間(秒)。25.2秒後にはしっぽが穴にはまったようにチューブにくっついて動きが止まるが(赤い三角)、54.6秒後には穴から外れてまた動いている。

TEXT:十枝慶二/PHOTO:松崎泰也(ミューモ)/資料・写真提供/産業技術総合研究所

 中村活性炭素クラスタープロジェクトの

目的は、ナノチューブやフラーレンなどの

炭素クラスターをさまざまな有機物質・無

機物質と結合させ(円画像2点参照)、革新

的な性質をもった新素材の開発や太陽電池

の構造の研究などにつなげること。今回の

発見は、これらを支える先端計

測技術という観点から非常に

優れた到達点。さまざまな成

果につながる可能性がある。

 今回、有機分子がカーボンナ

ノチューブにくっついたり離れたりする現

象を観察した。これはカーボンが色やにお

いを吸い取る(物理吸着)際の実態で、そ

の物理吸着は、有機分子の炭素一水素結合

とナノチューブのπ結合との相互作用とと

らえることも可能。色やにおいをとる仕組

みの設計にも役立つかもしれない。

 また、飽和炭化水素が潤滑油として使わ

れていることを考えると、分子の動きの変

化が段階的に起こることは、潤滑油と固体

表面の相互作用も分子レベルでは連続的で

ないと想像される。つまり、潤滑の現象は

すべての分子の動きの平均とみ

ることもできる。抗癌剤によ

って癌細胞が壊れる様子など

が観察できれば、今後の医学

の進歩にもつながるはずだ。

電子顕微鏡の画像

モ デル 図

シミュレーション画像

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10 May 2007

大学などの研究室と企業とをつなぐために重要な存在として 注目を集める一方、一般にはよく知られていない 科学技術コーディネータ。その仕事の内容を、1人の コーディネータの活動を通じて紹介しよう。

Topics

シーズ発掘試験は、コーディネータが発掘した研究シーズの実用化を支援しています。詳細はホームページをご覧ください。 http://www.jst.go.jp/chiiki/seeds/index.html

地域における産学連携のキーパーソン

都道府県別採択数色分けマップ

高知大学国際・地域連携センター産学官民連携部門長 石塚悟史さんのコーディネートの活動を例に。

■ 平成18年度「シーズ発掘試験」都道府県別応募・採択数

都道府県 応募 採択 北海道 555 100 青森県 54 13 岩手県 124 24 宮城県 227 53 秋田県 60 12 山形県 82 10 福島県 40 4 茨城県 112 16 栃木県 37 5 群馬県 75 13 埼玉県 44 4 千葉県 55 7 東京都 292 37 神奈川県 137 17 新潟県 150 29 富山県 81 13 石川県 120 32

都道府県 応募 採択 福井県 103 15 山梨県 73 10 長野県 71 15 岐阜県 63 11 静岡県 104 14 愛知県 393 75 三重県 82 7 滋賀県 98 16 京都府 308 64 大阪府 486 80 兵庫県 94 18 奈良県 66 11 和歌山県 33 5 鳥取県 58 7 島根県 40 5 岡山県 135 29 広島県 143 35

都道府県 応募 採択 山口県 60 10 徳島県 65 14 香川県 40 8 愛媛県 75 16 高知県 128 27 福岡県 218 48 佐賀県 33 3 長崎県 57 8 熊本県 101 16 大分県 56 8 宮崎県 88 25 鹿児島県 59 14 沖縄県 46 5

理想の コーディネータ像とは?

「先駆者」の知恵に学ぶ!

大学にも企業にも思いつかない 提案をし、実現に結びつける。 「自分が動いたらその分だけ成果が出る。

科学技術コーディネータの仕事には、研究

とは一味違った面白さがありますよ」

 そう熱っぽく語るのは石塚悟史さん(35)。

科学技術コーディネータ歴は5年で、現在

は高知大学国際・地域連携センター産学官

民連携部門長。これまで、高知大学農学部

が研究開発したβグルカン(免疫賦活作用

をもち、食品の味を損ねない)を添加した

ゆず酒を地元の食品業者の手で商品化する

などの成果を生み出してきた。

「たとえば、色素について研究しているあ

る先生は、電気メーカーとのつながりはあ

るけれど、ほかの企業とはほとんど接触が

ありません。しかし、その研究を農業分野

に応用すると、光を植物の成長に必要な赤

と青のみに変換し、成長をコントロールす

ることができるかもしれない。そういう、

大学にも企業にも思いつかないような提案

をして実現までを支援するのが、コーディ

ネータの醍醐味です」

 そのために欠かせないのが、直接会って

話すこと。「その人が何を考えているかは、

メールや電話ではわからない」と語る石塚

さんは、1年の3分の2は大学を飛び出し、

さまざまな人と会う毎日を送っている。

いつか専門の研究に戻るつもりが モノを創り出す面白さにはまる。  コーディネータ志望だったわけではない。

専門は土壌生態学。高知大学大学院農学研

究科を経て愛媛大学大学院連合農学研究科

を平成13年に修了した。東南アジアで生

活し、熱帯雨林と焼畑跡地の研究などを行

ったこともある。研究者の道を志したが、

バブル崩壊後で就職難。高知大学大学院の

研究生をしていたとき恩師から紹介された

のが、JSTのRSP事業(地域研究開発

促進拠点支援事業)の高知県の科学技術コ

ーディネータの仕事だった。

 RSP事業とは、都道府県が地域の科学

技術活動の活発化を図るために設立した財

団等を連携拠点機関として科学技術コーデ

ィネータがその活動を支援するもの。平成

北海道

青森

岩手

宮城 山形

新潟 福島

栃木 群馬

千葉 神奈川

長野

山梨

富山 石川

福井

岐阜

愛知

三重

滋賀 京都

奈良

大阪

兵庫 岡山

鳥取 島根

広島 山口

香川

徳島 高知 愛媛

福岡 佐賀

長崎

熊本 大分

沖縄

宮崎 鹿児島

和歌山

茨城 埼玉

東京

静岡

秋田

 ~10 10~20 20~40

40~60 60~80 80~

学技術コーディネータという言葉が浸透する以前から、ú大阪科学

技術センターで産学連携のコーディネートを行ってきた先駆者が北村佐津木さん。主に光情報技術分野で、大学と企業それぞれの立場や要望をくみながら研究会を開き、共同研究プロジェクトを進めてきた。現在はJSTイノベーションサテライト滋賀で科学技術コーディネータを勤

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地域の産学連携は、私たちが支える!

11TEXT:十枝慶ニ/PHOTO:松崎泰也(ミューモ)

近年、確実に増加しつつあるコーディネータ。その多くは大学や自治体に所属している。

「コーディネータが資格として認定され、独立した職種となればいいですね」(北村さん)

病院、研究機関、民間企業などをつなぐ「高知予防医学ネットワーク」。石塚さんはその全体に目を配った。

※JSTが産学官連携支援を目的に様々な情報を提供する  インターネット上のデータベース

■産学官連携支援データベースへの  コーディネータ登録者数の推移

8年度に始まり平成17年度に終了。現在

は各地のJSTイノベーションプラザやJ

STイノベーションサテライトに受け継が

れている。石塚さんの専門とはまったく違

う仕事だが、迷った末に引き受け、平成

13年8月に活動を始めた。

「正直に言って1つの通過点で、いつかは

研究者に戻りたいという気持ちでしたね。

結婚して子どももいて、生活のために稼が

なければなりませんでしたし」

 産業界に関する知識に乏しく、最初は話

を聞いてもわからないことだらけ。そこで

始めたのが、新聞を読むことだった。毎朝、

一般の主要6紙や専門紙の科学技術情報に

目を通す。1年後には、どんな研究室や企

業を訪れても話題をふくらませられるよう

になり信頼関係が生まれた。2年後には、

県内の企業のニーズや、各先生の考え、研

究内容が頭にインプットされた。

「そうなれば自然と、この先生とこの企業

が結びつけられるといったアイデアが生ま

れます。3年後には実際に成果として製品

などが生まれ始めました。そのうちに、『こ

れは研究よりも面白いかもしれない』と思

い始めたんです」

 そして平成16年から高知大学地域共同

研究センター(現国際・地域連携センター)

の助教授として、違った立場からコーディ

ネータの仕事を続ける道を選んだ。

ビジョンをもって実現する プロデューサー的な役割も。  大学では、「地域と密着した活動」という

観点から、何をすべきか考えた。高齢者比

率の高さ、人口あたりの病院の数の多さ、

ハウス栽培を中心とした一次産業などの高

知県の特色から、「食と健康」をキーワード

に活動を推し進めていく。その成果の1つ

が、「高知予防医学ネットワーク」だ。

 住民の栄養管理情報のデータベースをつ

くり、病院や大学などのネットワークのな

かで活用して幅広く質の高い栄養ケアサー

ビスを提供するもので、平成18年2月に設

立。たとえば、退院後も入院中の指導を踏

まえた栄養指導を自宅で受けられる。体調

に合ったメニューを配食業者が届けること

も可能だ。住民の健康はもちろん、大学の

データを有効に活用でき、産業が活性化し、

医療費の削減にもつながる新しい医療・保

健・福祉サービスとして注目を集めている。

 この事例で石塚さんが果たした役割は多

彩だ。アイデア自体が、経済産業省から県

庁に出向してきた医療情報ネットワーク構

築実績のある人物と石塚さんとの意見交換

から生まれたもの。それをきっかけに、高

知大学医学部附属病院や高知医療センター、

高知県栄養士会などに声をかける。助成金

を得るための書類を作成し、採択につなげ

た。企業が健康診断で利用する可能性を探

り、配食業者と1回の食事メニューの適正

金額を話し合った。

 さまざまな関係者の尽力はもちろん、こ

うして全体に目を配り、調整して、やり手

がないところは自ら汗を流す石塚さんの存

在がなければ、ネットワークは実現しなか

っただろう。その仕事は「コーディネート」

という言葉に収まりきらない。

「企業のニーズと大学のシーズをマッチン

グさせるだけでは限界があります。これか

らは、ビジョンをもって、それを実現する

ためにシーズやニーズを生かしていく、プ

ロデューサー的な仕事が求められます」

 そんな観点から注目しているのが水産業

だ。高知県は淡水・海水にも恵まれ、水産

研究施設が空港周辺に密集している。魚は

牛や豚に比べて飼料効率がよいなどのメリ

ットもある。石塚さんは、食料自給率40%

と低い日本の食糧基地としての役割を高知

県が担うべきだと考え、製薬、化学などの

企業に声をかけて水産業全体を発展させる

ための取り組みも始めた。そこには、石塚

さん自身の夢も込められている。

「自分が研究者になりたいと思ったきっか

けは、小学生の頃、食糧問題に関心をもっ

たことだったんです。今、自分がやってい

ることは、その夢に近いんですよね」

 コーディネータという仕事との出会いが、

研究室に眠っているシーズばかりでなく、

石塚さん自身が心の片隅にしまっていた夢

すらも大きく育てようとしている。

180016001400120010008006004002000

2005年 3月開始

2005年 8月

2006年 2月

2006年 8月

2007年 2月

10641237

13501570

める北村さんはこう語る。 「大学を出て、いきなり仕事をスムーズにこなすのは難しいと思います。まず、現場で研究開発プロセスを体験することが大切です。それを通じて、全体の流れや管理のシステム、起こりがちな問題点、企業の悩みどころや先生のこだわりが見えてきます。いろいろ手を出すよりも、自分の得意な分野を掘り下げたほうが、より深く理解できていいと思います。仕事の原理原則は、時代がたっても変わりませんし、いろいろな分野に応用できますから」

 資質として欠かせないのは、人の話をよく聞き、理解する姿勢だという。 「基本となるのは企業や先生との信頼関係です。例えば企業の方なら、仕事上の立場以外にそれぞれの夢や苦しみをもっている。それを理解することが大切です。そのためには、やはり、直接会って話をすることが欠かせません。たとえ初めてお会いする先生でも、その言葉の裏にある先生の思いやこだわりを読み取ろうと心がけ、『先生はこういうことを大切にしているんですね』と伝えられれば、いっぺんに信頼を得ることができますよ」

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02Topics

物事を見極める手がかりを掴め!

12 May 2007

日本人の大人の大多数は子どもの頃に比べると、 科学技術への関心が低くなる。 関心は低くても、科学を大切に思い 信じているから、ニセ科学にだまされる。 そんな現状に警鐘をならす左巻健男教授に話を聞いた。

ニセ科学にだまされないために!

Qまずは次の問題に 挑戦してみましょう。

 次のqから!1のそれぞれについて、「正しい」か、「誤

っている」かをお答えください。もし、あなたが知らない時

や、自信がない時は、「わからない」とお答えください。

これらの問題は、文部科学省の科学技術政策研究所が2001年に行った「科学技術に関する意識調査」のなかで、欧米日各国の科学技術の基礎概念理解度を比較するために使用された共通問題です。その結果は以下のようになりました。

q地球の中心部は非常に高温である。 

wすべての放射能は人工的に作られたものである。

e我々が呼吸に使う酸素は植物から作られたものである。

r男か女になるかを決めるのは父親の遺伝子である。

tレーザーは音波を集中することで得られる。  

y電子の大きさは原子の大きさよりも小さい。 

u抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す。

i大陸は何万年もかけて移動し続けている。

o現在の人類は原始的動物種から進化したものだ。

!0ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた。

!1放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全である。

正解 q正、w誤、e正、r正、t誤、y正、u誤、i正、o正、!0誤、!1誤

■科学技術の基礎概念理解度

共通11問平均正答率比較

スウェーデン

オランダ

フィンランド

デンマーク

米国

英国

フランス

イタリア

オーストリア

ドイツ

ルクセンブルグ

ベルギー

日本

スペイン

アイルランド

ギリシャ

ポルトガル

73%

68%

67%

67%

63%

62%

61%

61%

60%

59%

59%

56%

54%

53%

53%

52%

48%

日本は13位

同志社女子大学現代社会学部現代こども学科教授。社会技術研究開発センター「科学技術と人間」研究開発領域にて平成17年度より「市民の科学技術リテラシーとしての基本的用語の研究」を進めている。

Profile サマキ タケオ

左巻健男 教授

科学は生きていくうえで 別に必要ない? 「科学リテラシー(科学の基礎常識)が

低いからって、何か困るの?」と、首を

ひねっているあなた。別に科学を知らな

くても、日常生活に困らないと思ってい

ないだろうか。だがそれは大きな間違い

だ、と左巻教授は言う。

「なぜかって、人間が生きていくうえで

最低限必要な空気や水、食、エネルギー

などに関する知識、すべて科学から得ら

れるものじゃないですか。生存の根源に

かかわることについて、無知でいていい

はずがない。いい水やいい空気に、みん

な興味があるでしょう。だから世間では

『○○が入っていて体にいい水』『××

を取り除いた体にいい空気』などという

のが、売り文句になるのです」

 確かにそうした言葉に飛びつく傾向が、

私たちにはある。

「科学的センス、そしてリテラシーなしに、

そこに説明されている論理が正しいかど

うかを吟味することはできません。ニセ

科学の言うことは、すべて嘘ではないん

です。8~9割は正しい。たとえば『活

性酸素を除去して、体を元気にする活性

水素の錠剤』がある。この活性水素の存

在はまだ不明です。酸素は水素と結びつ

けば、水になる。これは正しい科学です。

 しかしその活性水素が本当に存在する

のかどうか。存在するとして、体内で本

当に働くのか?そこがはっきりしていな

いのに、信じて飛びついてしまう」

 日本人は科学に関心はあまり持ってい

ないが、科学を大切に考えているので、

科学らしい装いに弱い。信じる前にまず

批判的に調べる意識を持たなければ。そ

のために科学リテラシーが必要なのだ。

知識格差が広まろうとしている。  科学リテラシーは、人間が共通に持っ

ていなければならないもの。しかし日本

はこのレベルが先進国中、非常に低い。

先ほども述べたように、科学に対する大

人の関心は低く、新聞やテレビで報道さ

れている科学の情報にも、ほとんど興味

を持たない。これは学校の理科教育が、

「大人になってからも科学を学びたい」

という意欲の促進に失敗しているからだ、

と左巻教授は考える。

「理科の授業といえば、テキストから一

方的に受け取るもの。自分で考えたり、

考えたことを確かめたりという、自発的

な思考力、行動力をまったくと言ってい

いほど育てていない。テストのためにた

だ覚えて、テストが終われば忘れてもい

い、入試で使ったらもう用はないみたい

なものだったからです」

 大人たち以上に大変なのが、今の

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

正しい 誤っている わからない

*科学技術白書(平成16年度版)をもとに作成

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13

Qあなたはいくつ    知っていますか?

■生物編

 私たちが生きていくために、これだけは知っておきた

い科学技術用語の一例です。これらは最終選定一歩

手前のもの。ここからさらに絞り込まれる予定です。

さて。

[ア行] RNA アオコ アドレナリン(エピネフリン) アポトーシス アミノ酸 アルコール アレルギー 意思表示カード(ドナーカード) 一塩基多型(SNP) 遺伝 遺伝子 遺伝子組換え 遺伝子治療 遺伝的浮動 移入種 インスリン ウイルス 運動神経 ATP ABO式血液型 MRI オゾン層

[カ行] 外骨格 外来種と在来種 核酸 獲得形質 化石燃料 活性酸素 カビとキノコ 花粉 花粉症 癌 感覚神経 幹細胞/ES細胞 感染症・伝染病 肝臓 間伐 帰化生物 寄生と共生 基礎代謝 擬態 嗅覚 共進化 恐竜 極相林 拒絶反応 魚道 クエン酸回路 クローン 形成層 血液 血小板 血糖値 ゲノム 原核生物 原生動物 恒温動物と変温動物 交感神経と副交感神経

抗原と抗体 光合成 恒常性(ホメオスタシス) 抗生物質 酵素 酵母 紅葉(黄葉) 呼吸 コッホ 固有種 コラーゲン コレステロール 昆虫 根粒菌

[サ行] 再生医学/再生医療 臍帯血 細胞 細胞小器官/オルガネラ サンゴ礁 CTスキャン 視覚 師管と導管 自然淘汰 自然発生説 シダとコケ シナプス 社会性昆虫 種 従属栄養と独立栄養 受精 春化処理 純系 消化酵素 消費者 照葉樹林 植生 植物 食物繊維 食物網 触覚 進化 真核生物と原核生物 進化論 神経 神経細胞 心臓 腎臓 針葉樹と広葉樹 森林限界 水晶体 膵臓 ステロイド ストレス すりこみ(インプリンティング) 制限酵素 生産者 生殖 生殖細胞(卵と精子) 生殖的隔離

これが一般常識?! 科学の基本用語です。

子どもたちの置かれている状況だ。教育

制度がいろいろと変わり、理科の授業時

間数が減り、結果として理科の授業内容

が非常に薄くなっている。これではせっ

かく学習した理科の知識がなかなか身に

つかない。

「たとえば塩水などの濃度を測る授業が

義務教育課程から姿を消しています。小

学校の算数で、パーセンテージの計算は

習います。この知識は濃度の計算などで

使って初めて、生きたものになるのに…。

自分が覚えた事実や概念、法則がど

う使えるのか? 

知識を技として

使うことが大切な

のです」

専門家の知識ではなく

一般的に知っておくべき ことを。

 こうした危機的状況を憂え、左巻

教授は日常生活で必要と思われる、科学

リテラシーとしての基本用語の選定に着

手した。その考えに共感する人々を募り、

物理・生物・化学・地学・工学・環境の各

分野から、現在の小学校・中学校の教育

をよく知っている人たちが集まった。基

本用語の洗い出しの手順は次のとおりだ。

1、最近5年間の教科書、新聞記事、年

報的な用語辞典から各分野の基本用語を

抽出。

2、抽出された用語が、市民の科学技術

リテラシーにふさわしいものかを会議で

検討。各分野200語くらいに絞る。

3、各語について平易な言葉でわかりや

すい解説をつけ、「市民の科学技術リテ

ラシー」事典として発表。

 それぞれの分野の専門家は、ついあれ

もこれも知っておいてほしいとたくさん

の用語を挙げてしまう。しかし会議の議

題にのると意外にほかの分野の専門家は

知らない言葉であることが、ままあるそ

うだ。

「他分野とはいえ、大学教授レベルで知

らない言葉は一般市民レベルで必要な基

本用語とは言いがたい。私たちが目指す

のは市民のための科学リテラシーの基本

用語。単語1つひとつを会議で選定する

ので時間がかかりますよ」

科学への興味を高める きっかけにもなる1冊に。  現在、選定はほぼ最終段階を終え、こ

れから解説の執筆にかかるところ。再来

年には完成予定だ。左巻教授は、できれ

ば事典として出版するだけでなく、検索

しやすいようにWebの形をとったもの

も作りたいと考えている。

「この『市民の科学技術リテラシーとし

ての基本的用語』事典は、専門家を作る

ための本ではなく、普通の生活を営むう

えで必要と思われるものだけを厳選した、

科学の事典です。こうした基本的用語の

知識が、科学リテラシーの基礎になるの

です。言葉の雰囲気が何となくわかるレ

ベルでも、科学に対する意識はかなり変

わるでしょう」

 たとえば新聞に新しい科学の情報が掲

載されていたとき、「大体こんな話か」

と大雑把にでも理解できれば、もっと科

学に対する興味もわくはず。

「科学は人間が生きていくうえで必要な

情報を得るために絶対必要なもの。この

事典があれば、科学についてひと通りの

話がわかるようになる。ニセ科学にだま

されないため、というだけでなく、科学

の面白さを知るためにも、その手がかり

になるこの事典を、ぜひ各家庭に1冊備

えていただいて、折々に読んで楽しんで

いただけるようにしたいですね」

TEXT:湊屋一子/PHOTO:松崎泰也(ミューモ)

誌面の都合で、ほんの一部しか掲載できませんでした。 事典は再来年中に完成する予定です。

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14 May 2007

「細菌感染防止を実現する 界面融和型経皮デバイスの開発」代表研究者

02ようこそ 私の研究室へ

Welcome to my laboratory

カテーテルが抱える 深刻な問題。

 カテーテルといえば、ああ、あの、病院

で使うチューブのことね、とたいていの人

はイメージできるだろう。ある意味、あり

ふれて目立たない存在なのだが、命を救う

医療の現場では、欠かすことのできない重

要な機器の1つといえる。実際、国内の中

心静脈カテーテルに限っても、年に180万

本が使用されているという。

 ところが、そのカテーテルによる感染が

原因で、年間2万3千人が亡くなっている

と推定されている。平成18年の交通事故

による死者が約6千人という事実を考える

と、これはけっして見過ごせない数字だ。

 なぜ、こんなことが起きるのだろうか。

カテーテルは、患者の体内に直接挿入され、

短期から長期間使用される。柔軟なシリコ

ーンという材料でできているが、生体にと

っては異物で、皮膚とはほとんど密着しな

い。それどころか、時間が経つほど、皮膚

がカテーテルを避けて、奥へ奥へと後退し

てしまう。その結果、カテーテル周辺がく

ぼみ、清潔にしづらくなり、炎症が起きて、

細菌感染も生じやすくなる。その細菌が血

管に入ると、最悪、敗血症で死に至るわけだ。

 古薗さんが追求してきた、ソフトナノセ

ラミックスとは、このような感染が起きに

くい、柔らかで、生体によく馴染む材料だ。

 生体に適合する人工材料に、ハイドロキ

シアパタイト(HAp)がある。これは骨や

歯のミネラル成分と性質が似て、細胞とも

よく接着するため、人工骨などに利用され

てきた。ただ従来は、粒子を焼き固め、セ

ラミックスの塊にして利用されてきた。セ

ラミックスは茶碗と同じで硬く、脆い。そ

のため、体につけるとゴロゴロして不快な

うえ、簡単に壊れてしまう。

 そこで古薗さんは、縫合糸などにも用い

られるシルクの表面に、HApの粒子をつけ

たらどうかと考えた。ところが市販のHAp

は、粒子のサイズが大きく、布を曲げ伸ば

しするだけでパラパラとはげてしまう。

 この欠点を解消するには、HApの粒子を

ナノサイズにするしかない。しかし、これ

は非常に難しい。とくに、セラミックスにす

るために焼くと、粒子のまわりが溶けて凝

集してしまう。この困難を、古薗さんらは

水に溶ける特殊な基材とHApを一緒に焼き、

その後基材を洗い流す手法を編み出すこと

で乗り越えた。また同時に、シルク表面に、

HApの水酸基と結びつく高分子をくっつけ、

粒子を強く結合させることにも成功した。

 こうしてできた材料は、表面の一層がセ

ラミックスなのに柔らかく、曲げても伸ば

してもはげない、強靱さも併せ持っていた。

 これで作った経皮デバイスをカテーテル

の皮膚の出口に取りつけると、予想通り皮

膚と密着して感染を防ぐことが確かめられ

た。実際、ウサギを使った実験では、長期

例で30カ月間感染なく飼育されている。

 古薗さんの開発した手法を利用すれば、

セラミックスのナノ粒子を、シルク、ポリ

乳酸、シリコーン、ポリエステル、金属な

どほとんどの材料にも取りつけられる。つ

まりこの技術は、さまざまな医療機器はも

ちろん、歯科材料や化粧品などにも広く応

用が可能なのだ。

 古薗さんは、研究者には珍しい経歴の持

ち主だ。学位を得たのが36歳、正職員とし

て雇用されたのが39歳で、助走の長い人生

といえるかもしれない。その理由は、青年

時代に腎不全を患ったことにある。大学で

農学を学んだものの、希望した全ての就職

先から、病人は雇えないと拒絶されて

しまう。主治医の紹介で、鹿児島市

内の透析センターで看護助手とし

て働いて、5年後、臨床工学技士

の国家資格ができたのを機にこれ

を取得した。働くかたわら、大学

院で高分子化学を専攻し、アメリ

カ留学を経て、蚕糸・農業技術研究

所(現農業生物資源研究所)と無機

材質研究所(現物資・材料研究機構)

でポスドクを勤め、現在の循環器

病センターに職を得た。

 社会人としては波乱含みのスター

トを切った古薗さんだったが、その

間のさまざまな経験と出会いがなけ

れば、ソフトナノセラミックスのカ

テーテルは誕生しなかったろう。

 古薗さんの本来のフィールドは、

高分子材料だ。しかし、HApを扱う

には無機材料、医療機器の特性を

知るには臨床工学など、別分野の

知恵も欠かせない。また、医療機器である

カテーテルを現実のものにするには、量産

化技術からカテーテル感染評価法の開発、

動物実験や臨床試験、さらには医療制度や

保険制度にまで切り込んでいく必要がある。

 これらをやり遂げるには、多くの人の理

解と協力が不可欠だ。古薗さんは回り道と

も思える人生のなかで、この困難をともに

乗り越えてくれる、多くの仲間を得た。

 古薗さんは、10年を越える期間、臨床

を実践してきた。また腹膜透析という形で、

10年にわたって自身がカテーテルのユー

ザーであり、いつか自分で作った理想のカ

テーテルを、自ら利用したいと願ってきた。

その夢の実現もそう遠いことではないだろう。

古薗 勉(ふるぞの・つとむ)

国立循環器病センター研究所生体工学部室長

1960年鹿児島県生まれ。鹿児島大学農学部卒、同大学院工学研究科博士課程修了。その後、ワシントン大学バイオエンジニアリングセンター客員研究員としてアメリカに留学。JSTさきがけ「ナノと物性」領域1期生(2001年~2005年)。現在は、JST

イノベーションプラザ大阪プロジェクトリーダー、物質・材料研究機構生体材料センターリサーチアドバイザーを併任する。「苦しみをひとつ破ればハッピーが待っている」と語る熱い心の持ち主で、大学生の頃には青年海外協力隊を目指したこともある。

ふる ぞの つとむ

生体に馴染む、 柔らかなセラミックス。

人生は糾える縄のごとし。 あざな

JSTイノベーションプラザ大阪 育成研究

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青年時代にもらった内部疾患患者授産施設の川崎満治氏(故人)からの手紙。今でも辛いとき見返すという。

古薗さんの机は部屋の一番奥。

15TEXT:鹿野 司/PHOTO:植田俊司/パース:意匠計画

試作が主なので装置類は小型のものが多い。

全国に6組織ある、厚生労働省直営の国立高度専門医療センターの1つ。我が国の死亡原因の40%を占める心臓病、脳血管障害に関して、予防、診断、治療、調査研究、専門技術者の養成を行っている。

国立循環器病センター

ソフトナノセラミックスの研究には複数分野の協力が欠かせない。研究室メンバーは各人別分野の専門家だが、古薗さんの人柄によるのだろう、和気あいあいとした雰囲気が保たれていた。

研究の概要

ハンディ(障害)はパーソナリティ(個性)、そしてオリジナリティ(独創性)に通じます。 悩める友よ、人生投げたらいかんド(鹿児島弁)。

「人生いたるところに生きる道がある。足許をみて身近なところから始めよ」と書かれた手紙。

右半分は古薗さんと研究室メンバーがデスクワークをするスペース。

部屋の左半分のスペースに、試作に必要な最低限の設備がそろう。

体外から体内への輸液に用いられるカテーテルは、生体にとって異物であるシリコーンを材料にしている。そのため、出口部の皮膚組織と充分に接着せず、しばしば感染を引き起こす。そこで、生体親和性の高いハイドロキシアパタイトのナノ粒子を、柔らかな医療材料の表面に取りつけ、それを使った経皮デバイスを作製した。このデバイスは、柔軟で皮膚組織と密着するた

め、細菌の侵入を抑えて感染を引き起こしにくい。現在安全性前試験を実施中である。将来、このようなデバイスが普及することで、患者のQOLの向上や、在宅治療推進などによる、医療費削減効果も期待されている。

デバイス加工装置の外観。

メンバー

JSTイノベーションプラザ大阪は、研究成果を社会に還元するため、産学官の交流や新規事業の創出を図る拠点だ。循環器病センターの研究室で試作した材料はプラザ大阪に送られ、量産技術の開発や、各種試験などを行っている。

JSTイノベーションプラザ大阪

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日本科学未来館ホームページ http://www.miraikan.jst.go.jp/

ASIMOの実演 実演は1日2回。身体をなめらかに動かしてダンスをするなど、機能を存分に披

露して楽しませてくれます。※5月16日~下旬はメンテナンスのためお休み。

Vol.4 / No.2 2007 / May

発行日/平成19年5月 編集発行/独立行政法人 科学技術振興機構 広報・ポータル部広報課 〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3 サイエンスプラザ 電話/03-5214-8404 FAX/03-5214-8432 E-mail/[email protected] ホームページ/http://www.jst.go.jp

01人と手をつないだり、トレイを持ったりして歩くことや 走ることさえも可能になり、大きく進化した新型ASIMO。 実演ではその最新技術を見ることができます。

未来館は今年設立6年を迎え、人間でいうと小学生になる節目の年。 1階企画展示ゾーンのお披露目もかねての特別イベントを開催中。

 1人の人間が誕生してから6歳になるまでの成長を見つめるように、未来館の歴史の紹介と、新旧のユニークな企画展やデモンストレーション、実演、トークイベントなど盛りだくさんな内容で構成しています。  世界各国を巡回し、大好評に終わった「時間旅行展」(2003)、恋愛を科学的に考えるというユニークな「恋愛

物語」展(2005)など、過去の人気展示がそろっています。5月14日まで開催中。

 人気商品のグラフィックシリーズポストカードのうち2種がペンとセットになりました。写真左は「地球のなかの物質循環」、右は「深海掘削で見えてきた1億年前の物語」がテーマで、楽しく効果的にビジュアライズすることで内容の理解がしやすくなっています。科学とデザインの出合いを試みる“Science meets Design”シリーズ第1弾として限定販売中です。

機能が強化された新型ASIMO、1階企画展示ゾーンで

時速6kmの走行と旋回をお披露目中!

02  リニューアルした1階「企画展示ゾーン」オープン記念

個性光る若手グラフィックデザイナーと未来館がコラボレートして 作ったポストカードとペン。科学に親しみのもてるデザインが人気です。

03グラフィックシリーズ&ペン 「ランドセル・ミーティング

日 本 科 学 未 来 館

未来館へいらっしゃい!

 今年の4月2日から未来館に導入された新型ASIMOの大きな特徴の1つは、走行能力の飛躍です。時速6kmでの走行や旋回が可能になり、大きな円を描きながら軽やかに走る姿は、実演の見どころです。  握手や手をつないで歩くなど、人に合わせ

て行動する機能も強化されました。毎日開催中の、ASI

MOと展示解説員が一緒に行う実演は、子どもから大人まで幅広い年代に人気です。  ロボットと人間の共存という夢を与えてくれるASIMO。進化し続けるASIMOを通して、最先端の科学技術をぜひ間近で体験してみてください。

新型ASIMOの手。手首には力覚センサが搭載され、トレイ

を持って歩くことなどができます。 人と手をつないで歩くというコミュ

ニケーション能力も。

性 能 ア ッ プ し た 姿 を 見 に 来 て !

展示は、入り口から奥に向かって開催順に並んでいます。

限定各1000個の販売。お土産やプレゼントにも最適です。各¥399(税込)

  科学とデザインの出合い

―ミュージアムの入学式へようこそ 」 開催中! 特別 イベント