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講 座 LECTURE - JST

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Page 1: 講 座 LECTURE - JST

782

講 座 LECTURE

最 近 の 高 分 子 材 料

高分子材料 も以前 の汎用 プラスチ ックの時代 か ら,主 な関心 は高性能,高 強度,高 機能化へ と展開 して き

ている.耐 熱性 を有す る高性能 プラスチ ック,高 強度 ・高弾性繊維,極 細繊維,高 吸水性高分子,医 用高分

子,ポ リマーアロイ,エ ラス トマ ー,高 分子金属,選 択透過膜,エ レク トロニ クスへの応用 などであ る.

高分 子材料 部門委員会の これ までの50数 回の委員 会活動 では これ らの展 開を基礎 か ら応 用 まで,あ るい

は解析 か ら評価 までを取 り上げて きた.こ れ を基 に今 回の講座 は5回 に限 られているので十分で はない まで

も,そ れぞれの分野で ご活躍の方々 にお願い して,解 説 していただ くこ とに した.多 くの人達の参考 になれ

ば幸 いである.併 せ て委員会活動 に一層の理解 と協力 がいただければ幸 いで ある.な お,新 しい材料で通称

名が確立 していない関係 で,一 部で商品名 を使用 した個所 がある.

内 容

1. スーパ ーエ ンプラ(住 友化学筑波研究所)浅 井 邦 明

2. 微粒子分散系機能性高分子材料(同 志社大学工学部)奥 田 聰

3. 熱可塑性 エラス トマ ー(京 都工芸繊維大学工芸学部)鞠 谷 信 三

4. 接 着材料(関 西大学工学部)越 智 光 一

5. 医用 高分子材料(京 都大学 医用高分子研究 センター)升 田 利史郎

1. ス ー パ ー エ ン プ ラ †

浅 井 邦 明*

1 は じ め に

エ ンジニア リングプラスチ ック(以 下エ ンプラと略

す)が,今 日のハイテクノロジー時代の一翼 を担 って

い ると言 って も過 言で はない.1958年,Du Pont社

が 「鉄へ の挑戦」 と銘打 って上市 したデル リン(ポ リ

アセ タ ールの ホモポ リマー)に 端 を発 し,わ ず か約

30年 の間 に,5大 汎用エ ンプ ラと称 され るポ リアセ

タール(POM),ナ イロ ンあ るいはポ リア ミ ド(PA),

ポ リブチ レンテ レフタ レー ト(PBT),ポ リカーボネ

ー ト(PC) ,変 性 ポ リフェ ニ レ ンオ キ シ ド(変 性

PPO)が,自 動 車,機 械,電 気 ・電子,OA・AV機

器 とい った分野に驚異的な成長率 で使用 されて きた.

しか しなが ら,2回 のオイルシ ョックを経 て,近 年,

エ ンプラの需要業界では軽量化,薄 肉化,小 型化,高

性能化,高 機能化,多 様化 が ますます進 み,汎 用エ ン

プラで は得 られない性 能 を有 し,か つ プラスチ ック本

来 の易加工性 を有す る材料 のニーズが高 まってお り,

このニーズに応 えるのがス ーパーエ ンプラである.

一 般 に プ ラス チ ック の 耐 熱 性 は,短 期 的 に は

ASTM D648で 定義 された荷重たわみ温度 もしくは熱

変形 温度(HDT)で,長 期 的 にはUL746の 温度指数

で代表 される耐熱老化性(連 続使用温度)で 表 され,

後者 で分類 して,100℃ 未満 を汎用 プ ラスチ ック,

150℃ 未満 を汎用エ ンプラ,150℃ 以上 をス ーパ ーエ

ンプラ もしくは耐熱エ ンプラ と称 している.

本稿 では,こ れ らの中で主 に最 も汎用 的な成形法で

ある射 出成形 によ り加工 される熱可塑性 のスーパ ーエ

ンプ ラで あるポ リアリレー ト(PAR,商 品名Uポ リ

マー),ポ リス ルホ ン(PSF),ポ リエ ー テルスル ホ

ン(PES),ポ リエー テル イ ミ ド(PEI),ポ リア ミ

ドイ ミ ド(PAI)な どの非晶性樹脂,ポ リフェニ レン

ス ル フィ ド(PPS),ポ リエ ーテ ルエ ー テル ケ トン

(PEEK)な どの結 晶性樹脂,エ コ ノール,XYDAR,

VECTRAな どの商 品名 で普及 しつつあ る溶融型液 晶

性樹 脂に焦点 をあて,こ れ らの物性,加 工性,応 用 と

最近の技術 開発状 況について述べ る.表Iに これ らの

ス ーパ ーエ ンプ ラの構造,生 産開始 時期,熱 的性 質な

どを示す.

2 スーパーエンプラの構造 と物性

表Iに あげたスーパーエ ンプ ラは,一 次構 造 として

は主鎖中 に芳香 族環 を含 むため,分 子 鎖が剛直 とな り,

ガラス転移点(Tg)ま た は融点(Tm)が 上昇 し,か

つ高温 にお ける耐熱分解性が向上す るとい った耐熱面

において必要不可欠 な特性 を有す ることにな る.一 方,

† 原稿受理 平成元年10月5日* 住友化学筑波研究所 つくば市北原

(194) 「材料」 第39巻 第441号

Page 2: 講 座 LECTURE - JST

1. ス ー パ ー エ ンプ ラ 783

表I 代 表的なスーパ ーエ ンプラについて

分子鎖が剛直 にな りす ぎる と,分 子鎖 の運動性が極端

に低下 し,高 い成形温度 を必要 とする といった欠点 を

生ず る.こ こにあげ るス ーパーエ ンプ ラは,耐 熱変形

性,耐 熱分解性 および加工性の点でバラ ンスの とれた

材料 である.

また,熱 可塑性 のエ ンプラは,非 晶性樹脂,結 晶性

樹 脂,溶 融型液晶性樹脂(以 下LCPと 略す)に 分類

され,こ れ らの差異 および分子鎖 中に含 まれ る結合基

の種類に よって,耐 熱性,機 械的特性,耐 薬品性,耐

熱水性,電 気的特性,耐 放射線性,成 形加工性 などの

特性が さまざまに変化する.こ れ らの違 いは主 に表II

に示す ように溶融状態か ら固化 する時の構造 の違い に

起 因す る.す なわち,非 晶性樹脂 は,溶 融状態 から冷

却 する と分子鎖 は無秩序な状態の ままで固化す るため

状態変化 が小 さ く,そ のため収縮率,異 方性 は小 さ く

な り,透 明 となる.一 方,結 晶性樹脂 は,冷 却過程 で

分子鎖が規則正 しく配列 した部分,す なわち結晶部が

形成 され るため,収 縮 し,異 方性 を生ず る.こ の結 晶

部の割合,す なわち結 晶化度 は,冷 却速度,金 型温度

などによ り微妙 に変化す るが,一 般 的に60%を 越 え

ることはない.さ らに,結 晶部 と非 晶部の屈折率差が

異 なるため不 透明 とな り,結 晶部 が薬 品の浸透 を防 ぐ

た め,耐 薬 品性 は非晶性樹脂 よ り優 れる.LCPの 場

合 は,分 子鎖が剛直なため溶融状 態において も絡み合

い を起 こさず,結 晶状態 を有す るポ リ ドメイ ンを形 成

し,加 工時せ ん断 を受け ることに より極めて高い流動

状態 とな り,分 子鎖が一方向 に配列す る挙動 を示 し,

高強度,高 弾性率の成形体が得 られ る反面,異 方性が

極 めて大 きい ものとなる.し たが って,各 応用面 にお

いてはこのよ うな種 々の特性 を十分把握 してお く必要

がある.主 要 な物性 につ いて以下 に述べ る.

2・1 耐熱性

(1) 強度,弾 性率 の温度依存性

代表的 な非晶 性樹脂,結 晶性 樹脂,LCPの 動的せ

ん断弾性率の温度依存 性 を図1に 示 す.非 晶性樹脂 の

場合 はTgの みが存在 し,Tg付 近で弾 性率 が著 し く

低下す るため実用使用温度範 囲はTg以 下 に限 られ る.

一方,耐 熱性が同 レベルで比較 した場合,結 晶性樹脂

のTgは 非晶性樹脂 のそれ より低いが,結 晶の存 在 に

よ り,Tg付 近 での弾性率 が低 下す る もめ のその低 下

幅は小 さ く,Tm付 近 まで形態 を保つ.し たが って,

ガ ラス繊 維(GF)や 炭 素繊 維(CF)で 補 強す る こ

1990年6月 (195)

Page 3: 講 座 LECTURE - JST

784 浅 井 邦 明

表II 熱可塑性エンプラの構造と特徴

とによって,弾 性率の温度依存性 は変わ らない ものの

絶体値が 向上 するため使 用範囲はTm付 近 まで広が る.

す なわち,短 期 的な耐 熱性 が向上す る.ま たLCPの

場合,分 子鎖 の配向が強い ため 明瞭 なTgは 認め られ

ないが,弾 性率 は温度上昇 とともに単調 に減少す る傾

向 を示す.

代表 的 なス ーパ ーエ ンプ ラの非 強化 品お よびGF

強化品の 曲げ弾性率の温度依存性 を図2に 示す.エ コ

ノールのGF強 化品(E2008L)お よびPAIの 非強化

品 な どは250℃ の高温 下で も実用 的 な値 を有 してい

る.

(2) HDTと 連続使用温度

HDTと 連 続使用温度 の関係 を図3に 示 す.非 強化

品 のHDTは おお むねTgに 依 存 し,Tgが 高い ほ ど

HDTが 高 い.ま た,結 晶性樹 脂の場合 は,GFで 強

化す るこ とによって非晶性樹脂 に比べて著 しいHDT

の 向上効 果 を示 す ため,結 晶性汎 用エ ンプラのGF

図1 結晶性,非 晶性,液 晶性樹脂の

弾性率の温度依存性

強化 品と非 晶性 スーパ ーエ ンプ ラが同等 のHDTを 有

す る場合がで て くるが(た とえばPBTのGF強 化 品

とPES),連 続使 用温 度 において はGF強 化 に よる

向上効果が小 さく,分 子構造 的に安定 なスーパ ーエ ン

プラの優 位性 が顕著 となる.

(3) 線膨 張係数

代 表 的 なス ーパ ーエ ンプ ラの非 強化 品 お よびGF

強化 品の線膨張係 数の温度依存性 を図4に 示す.非 晶

性 樹脂 では実用温度 範囲(Tg以 下)で は安定 して い

るの に対 し,結 晶性 樹 脂 で は特 にTg以 上 でMD

(Machine Direction)方 向 とTD (Transverse

Direction)方 向 との差 が顕著 とな る.ま たLCPは 分

子 の配 向性 が強いため,MD方 向は アル ミニ ウム並み

の線膨張係 数 を有す る もの のTD方 向 は数倍以 上大

図2 曲げ弾性率の温度依存性

(196) 「材料」第39巻 第441号

Page 4: 講 座 LECTURE - JST

1. ス ー パ ー エ ンプ ラ 785

図3 連続使用温度と熱変形温度

きな値 を示す.

(4) ハンダ耐熱性

代表的なスーパ ーエンプラのハ ンダ耐熱性 を図5に

示 す.リ レー,コ ネクター,コ イル ボビンをはじめ と

する電子部 品は,近 年,高 密度化 に伴 ない,小 型化,

薄 肉 化 が 進 み,表 面 実 装 法(SMT法:Surface

Mounting Technology)が 適用 されつつ あ り,260℃

以上 の高 いハ ンダ耐熱性が要求 されてい る.エ コノー

ルの ような薄 肉成形性 に優れ,高 いハ ンダ耐熱性 を有

す るLCPは 最適材料 といえる.

2・2 機械的特性

(1) 衝撃強度

一般 に結晶性樹脂 よ り非晶性樹 脂の方が衝撃 強度が

優 れて いる.エ ンプ ラ全体 の 中ではPCが 最 も高 い

値 を示すが,厚 みお よびノッチ(切 欠 き)先 端径依存

性 が極 めて大 きい.ス ーパ ーエ ンプラの 中で はUポ

リマ ーが これ らの依存性が小 さく高い衝撃 強度 を有す

る.

(2) 耐疲労性

図4 線膨張係数の温度依存性

図5 ハ ンダ耐熱性

図6 耐疲労性

構造材料 の長期使用 における信頼性 の尺度 に耐疲労

性 があ り,代 表 的なエ ンプラの耐疲労性 を図6に 示す.

耐疲 労性 は,一 般 的には結 晶性樹脂 の方が非 晶性樹脂

より優 れ,振 動 回数 を増加 させ て も破壊強度 の低下が

小 さい.中 で もPEEKが 最 も優 れ,600kg/cm2の

応力下 では,1千 万 回の繰 り返 しテス トにお いて も耐

え,GF, CFで 強化 す るこ とに よ り,さ らに性 能が

向上す る.

(3) 耐 ク リープ性

ク リープは分子鎖 の緩和 によ り起 るため,分 子鎖の

運動性 の低 い,す なわちTgの 高い材料 ほ ど優 れ,非

晶性 のス ーパ ーエ ンプラで あ るPAI, PESお よ び

PEIが 常 温か らTgに 至 る広 い温度範 囲で非常 た優れ

た耐 ク リープ性 を示す.

(4) 機械的強度の肉厚依存性

エ コノールの ようなLCPは ,成 形 品肉厚 が薄 くな

るに従 って機械的強度が高 くな るとい う特 異的な挙動

を示 す.図7に エ コノールE6000系 の引 張強度 の肉

厚依存性 を示すが,非 強化 のE6000の 引張強度 は0.5

mm厚 で は約3200kg/cm2と 非常 に高い値 を示 す.

図7 引張強度の肉厚依存性

1990年6月 (197)

Page 5: 講 座 LECTURE - JST

786 浅 井 邦 明

これは,厚 肉品の場合,中 央部に流動方 向に対 してむ

しろ直角方 向に配向 した コア層が形成 されるのに対 し

て,薄 肉品の場合 は,流 動方向 に高度に配向 したスキ

ン層 お よびア ンダースキン層のみが形成 されるためで

ある.

またGFな どの繊 維状物 を充 てんす る と,そ の 充

て ん量 と ともに薄肉 強度 は低下 す る.す な わちGF

に より分子鎖 の配 向が一部抑制 され,こ の抑制に よる

強度低 下分がGFの 補強 に よる強度 上昇分 を上 まわ

るもの と考 え られる.

2・3 難燃性

難燃性 は電気 ・電子部 品を中心 に重要視 され るファ

クターで,そ の尺度 としては限界酸素指数(燃 焼が継

続す るの に必 要 な最低 の酸素濃 度,ASTM2863)と

UL94の 燃焼性 テス トが ある.限 界酸素指 数につ いて

は,図8に 示す ようにPEI, PPS,エ コノールE6000

系が45%以 上の値 を示 し最 も燃 え に くい部類 に属 す

る.

UL94の 耐燃 性 につ いて は,難 燃性 の高 い順 にV

-0, V-1, V-2, HBに ランク分 けされ,電 気 ・電子部

品で はV-0やV-1の 高い難燃性が要求 され る.汎 用

エ ンプラは もとも とV-2, HB程 度の難燃性 しかな く,

難燃剤 の添加 によって最高 ラ ンクのV-0が 達成 され

るのに対 して,PES, PEI, PAI, PPS, PEEK,

エ コノールな どのスーパ ーエ ンプラは,難 燃剤の添加

な しにV-0に 認定 されてい る.ま た近 年の軽薄短 小

化 に伴 な い,V-0ラ ンクを満足す る最少厚 みが材料

選定のポイ ン トとなるケースが増 えて きてお り,エ コ

ノールな どのLCPが 注 目されている.

2・4 耐薬品性

スーパ ーエ ンプラの耐薬 品性 は,汎 用エ ンプラに比

べて総 じて優 れてい る.非 晶性 のUポ リマー,PSF,

PES, PEIは ほ とん どの脂肪族炭 化水素,酸,ア ル

コールに耐 えるが,ハ ロゲ ン化炭化水素やエステル系,

ケ トン系の溶媒 には侵 される傾 向があ る.一 方,結 晶

性 のPPS, PEEKや エ コノールの ようなLCPは 大

方の酸,ア ルコール,有 機溶媒 に耐 え,吸 水率 も非晶

性 に比べて小 さい.

図8 限界酸素指数(LOI値)

2・5 耐熱水性

ポ リエステ ル系 樹脂 に比べ,PSFやPESな どの

ポ リスルホ ン系樹脂 やPEEKは 加 水分解 を受 けに く

く,熱 水 やスチ ーム に対 す る耐性 は優 れる.中 で も

PEEKの 耐熱 水性 は驚 異的 で,応 力 レベ ルが低 けれ

ば,長 期的 には200℃,短 期的 には290℃ のスチ ーム

に も耐 える.

2・6 耐放射線性

PEEK, PEIお よびエ コノ ールは優 れた耐放 射線

性 を有するが,PSF, PESな どのポ リスルホ ン系樹

脂 は耐放射線 が極 めて劣 る.す なわち,ま だ十分 な解

明はされていないが,耐 放射線性 は主鎖 の化学構造 と

密接 に関係 している と考 えられる.

3 スーパ ーエンプラの加工性

代表 的なスーパ ーエ ンプラの射 出成形条件 を表IIIに

示 す.成 形す るのに適性 な溶融状態 にす るには,非 晶

性 の場合 はTgよ り100~150℃ 高 い温度 に,結 晶性

樹 脂の場合 はTmよ り20~50℃ 高 い温度が必 要 とな

る.し たが ってス ーパ ーエ ンプ ラの場合,い ずれ も

300~400℃ の高 い温 度が必 要 とな る.ま たPPSや

PEEKの ような結 晶性樹脂 は,非 晶性樹 脂 に比べ成

形収縮 率が大 きく,金 型温度 によ り結 晶化度が異 な り

物性 が変化 するため注意 を要す る.低 温金型で成形 し

た場合 で も,成 形後 アニール処理す ることによ り,結

晶化度 が上昇 し物性 も向 上す る.一 方,Uポ リマ ー,

PSF, PES, PEIな どの非晶性樹脂 につ いて は,金

型温度 は大 きな残留 ひず みを生 じさせ ない という観点

か ら適切 な加工条件が選定 され,特 別 な場合 を除 いて

成 形後 のアニ ール は不要 であ る.ま たPAIは,ポ リ

ア ミ ド酸 の反応 を完結 させず射 出成形 に適 した溶融粘

度 を 持 つ よ う に設 計 さ れ て お り,成 形 後,170~

260℃ で約3日 間ポス トキュア をする ことによ り反応

を完結 させ る形 を とっているが,成 形温度範囲 は狭 く

高い射 出圧 を必要 とす る.

一方,成 形性 の 目安 となる流動 性は,棒 状 あるいは

スパイラル状金型 を用 いて測定 した流動長 と温度 の関

係 か ら得 られる.図9に 代表 的なエ ンプラの流動性 を

図9 流動性(肉 厚1mm)

(198) 「材料」第39巻 第441号

Page 6: 講 座 LECTURE - JST

1. ス ーパ ー エ ン プ ラ 787

表III 耐熱エンプラの射出成形条件

肉厚1mmの 棒状金型 を用 いて比較 した結果 を示すが,

総 じて結 晶性樹脂 は非晶性樹脂 に比べ,流 動性 が優 れ,

スーパ ーエ ンプラは高い加工温度 を要す ることが明 ら

かである.ス ーパーエ ンプラの中で はPPSが 最 も流

動 性 が優 れ,PEEKは 最 も流 動 性 が劣 り,380~

420℃ の 高 温 を要 す る.ま た エ コ ノ ー ルの よ うな

LCPは,特 に温度依存性が大 き く,適 切 な温 度条件

の も とで は0.2~0.4mm厚 の超 薄肉品 で も容易 に成

形す ることがで き,金 型内での固化が速 いためバ リを

起 こさずハ イサ イクル成形 に適 した材料 で もある.

また,ス ーパ ーエ ンプラは高度な部 品に適用 される

ゆえ,精 密成形性が よ り重要視 される.精 密成形 品 と

は,「要 求寸 法公差 内で成 形で き,か つ使 用環境条件

で所定 の寸法精度 を維持で きるもの」 と定義で き,寸

法精度 に関す る因子 を材料特性面か らみ ると,成 形収

縮 率,異 方性,線 膨張係数,ク リープ,吸 水率な どが

あ る.非 晶性樹脂 は結 晶性樹脂 に くらべ,成 形収縮率,

異方性,ク リープが小 さ く,線 膨張係数 において も温

度依存性,異 方性が小 さい ことか ら精密成形部品 と し

て は優位であ るが,耐 薬品性,成 形加工性(流 動性)

が劣 るため,用 途,形 状 によって これ らのバ ラ ンスを

考 える必要が ある.

4 応用 と最近の技術開発状況

4・1 非晶性樹脂

(1) ポ リア リレー ト(Uポ リマー)

Uポ リマ ーは溶融 粘 度 が高 く,加 工性 が劣 るた

め,単 独 で使 用 され るケースは少 な く,ほ とん ど他

のエ ンプラ(PET, PA, PC)と の アロイ に して使

用 される リレー,ヒ ューズケ ース,ス イ ッチハ ウジ

ング,LED反 射板,各 種 レンズ類,ウ ォッチケ ー

スか ら,目 薬容器,ク シな どの雑貨 に至 る広い範 囲

で使 用 されている.ま た最近,フ ッ素樹 脂 との アロ

イはOA機 器 などの摺動部品 に展 開され,PAと のア

ロイ 「X-9」は自動車外板材料 と して展開 されている.

加工面で の最 近の技術 開発 として は,PET/U8000

シ リ ー ズ/PETの 耐

熱3層 ラ ミボ トルであ

る.Uポ リマ ー の層

が極 めて薄 いに もかか

わ らず,こ のボ トルは

従 来のPETボ トル で

は不可能 であった高温

充 てんや,後 滅菌 を必

要 とする各種飲料分野

で普及 している.

また材料 面では,従

来のUポ リマ ー の耐

熱性 を50℃ 向上 させ,

加工性 において も良好 なものがバイエル社 か ら公表 さ

れている.

(2) ポ リスルホ ン類(PSF, PES)

PSF, PESの 主用途 は,コ ネク ター,コ イルボ ビ

ン,リ レー部 品,ス イ ッチ部 品,バ ーインソケ ットな

どの電子 部品で あ る.こ れ らの用途 以外で は,PSF

はコー ヒーメーカー,電 子 レンジ容器,メ デ ィカル ト

レー,義 歯床,カ メラ部 品,ウ ォッチケースな どに使

用 され,PESは 防食電極 ハ ウジング,ベ ア リング用

リテ ーナ ー,OA機 器 軸受,義 歯床 などに使用 されて

い る.

最近の技術開発 として は,プ リン ト基板 の開発があ

げ られる.PSFは 特殊 なコンパ ウ ン ドを用 い,射 出

成形 した曲面,凹 凸面 に対 して,回 路 を印刷 した特殊

なは く離紙 を熱圧着 によ り転写 しプリン ト基板 を作 る

KONECプ ロセスが注 目され,PESで は特殊 コンパ

ウ ン ドを用 いたメ ッキ法が注 目されている.

さらにPESの フィルムは,耐 熱性がPETと ポ リ

イ ミド(カ プ トン)の 中間 をうめる材料 として注 目さ

れ,こ れにITO膜(イ ンジウムス ズ酸化 膜)を 形 成

させた もの は,液 晶表示用の透明電極 用 フィルム とし

て需要 の拡大が期待 されてい る.

材料 面 で は,HTAと 呼 ばれ るPESよ りTgが 約

35℃ 高い ものがICI社 か ら公表 されている.

(3) PEI

PESと 同様,コ ネ クター,リ レー部 品,バ ー イン

ソケ ッ トな どの電子部 品が主用途 である.

最近 の技術 開発 と しては,PESと 同様,プ リン ト

基板の開発,フ ィルムに よるフ レキシブルプ リン ト基

板(FPC)の 開発 が注 目され る.さ らにハー ドデ ィ

スク基板 と しての開発 も進め られてい る.

(4) PAI

主用途 は,分 離爪,断 熱 スリーブ,断 熱歯車 などの

複写機部 品,各 種 ギヤ,軸 受,シ ール リング類 などで

ある.

1990年6月 (199)

Page 7: 講 座 LECTURE - JST

788 浅 井 邦 明

成形品の耐熱性,機 械 的強度 は極めて高いが,成 形

上の問題点(溶 融粘度 が高 くゲル化 しやすい,高 い射

出圧,金 型温度が必要,ポ ス トキュアが必要)が 多 く,

高価 なこともあ り伸 び悩んでいる状況で あったが,最

近,流 動性 を上げ,成 形性 を改 良 したグレー ド 「トー

ロ ン2000」 が 開発 され8),今 後 の展 開が 注 目 され る.

4・2 結 晶性 樹 脂

(1) PPS

主 用 途 は,コ ネ ク ター,バ ー イ ン ソ ケ ッ ト,コ イル

ボ ビ ン,ス イ ッチ部 品,セ ンサ ー部 品 な どの 電 子 部 品,

EGRバ ル ブ,ヘ ッ ドラ ン プ ホ ル ダ ー,オ ル タネ ー タ

部 品,キ ャブ レー ター部 品 な ど の 自動 車 部 品,コ ンパ

ク トデ ィ ス ク(CD)用 ピ ッ ク ア ッ プ,フ ロ ッ ピ ー

デ ィ ス ク ドラ イ ブ(FDD)用 キ ャ リ ッジ,複 写 機 部

品,プ リ ン ター 部 品 な どのOA, AV機 器部 品 で あ る.

最 近 の技 術 開発 と して最 も注 目さ れ るの は,直 鎖 型

PPSの 開発で ある.従 来 のPPSは 低 分子量物 を合

成 し,空 気 中で加熱 し架橋 を伴 な う高分子 量化 を行

な った部分架橋 型の樹脂 であったため,茶 褐色で,も

ろか った.こ れ に対 して,直 鎖型PPSは 重合段 階だ

けで線状 に高分子量化 した もので,白 色で タフな樹脂

であ る.こ の直鎖型PPSを 用 い,成 形 品のみな らず,

フィルム,フ ァイバーの開発 も精力 的に進め られてい

る.

また,低 不純 物ポ リマーをベ ースと した電子部品封

止用途への展 開,ポ リスルホ ンスルフ ィド(大 日本 イ

ンキ製 「アモルボ ン」),ポ リケ トンスルフィ ド(呉 羽

化学製 「フ ォー トロ ンKPS」)な どの高Tg化 物,お

よび他 のエ ンプラ(PC, PPE)と のア ロイ化 の開発

が注 目されている.

さらに,高 分子量PPSを マ トリックス として,ガ

ラ ス 繊 維 あ る い は 炭 素 繊 維 で 強 化 し たACM

(Advanced Composite Material)も 開発 され,熱 交

換機部品,航 空機関係 な どの用途 に今後 の展 開が期待

されてい る.

(2) PEEK

欧米での最大の用途は電線被 覆であるが,耐 熱性 に

加 えて,耐 疲労性,耐 薬品性,耐 熱水性,耐 放射線性

などの特性が抜群 に優 れているため,国 内では,各 種

ギヤ,軸 受,複 写機分離爪,コ ンベアチェー ン,航 空

機用圧着耐子ス リーブ,原 子力部品に展 開されている.

また,最 近上記特性 に加 えて低 溶出性 であるため,

半導体製造 ラインの超純水用配管材,液 晶表示用 ガラ

ス基板 やICの ウェハ ー洗 浄,移 送す るため のキャ リ

ヤー(保 持容器)と しての開発が精力的に進め られて

いる.

さ らに,フ ィルムはポ リイ ミドと同等の耐熱性 を有

す るため,コ ンデ ンサ,FPCな どの用途 に,炭 素繊

維 な どと積層 したACMは 航 空機関係 の構 造材 を中心

に開発 が進 め られている.

材料 面では,PEEKよ りさらに高 いTg, Tmを 有す

るポ リエ ーテル ケ トン(PEK)もICI社 か ら公 表 さ

れている.

4・3 LCP

ス ー パ ー エ ン プ ラ の 範 疇 で は,エ コ ノ ー ル や

XYDARの ような極 めて耐熱性の高 いType Iと 称 さ

れ るもの と,VECTRAの ようなType Iと 比べ ると,

耐熱性 は劣 るが加工性 の優 れたType IIと 称 される2

種類 のLCPが ある.

Type IのLCPの 主用途 は,各 種 コイ ルボ ビン,

コネク ター,バ ーイ ンソケ ッ ト,コ ンミテーター,ブ

ラシホルダー,リ レーケース,電 子 オーブ ンレンジ用

駆動 部品,ヘ アー ドライヤーグ リルな どの電気 ・電子

部品,電 子 オーブ ンレンジ用容器(オ ーブ ンウエ ア)

な どである.特 に,電 子部 品においては,小 型化,薄

肉化 し,表 面実装法 の適用 に伴 ないLCPの 需要 はま

す ます拡大 す る と思 われ る.ま た,Type IのLCP

で作 った容 器 は-40~260℃ の広 い範 囲で使用 可能

であ り,溶 出物 はな く,食 品調味料 に対 して も極 めて

安定な ことか ら,冷 凍→電子 レンジによる解凍→ オー

ブ ンレンジに よる調理→ そのまま食卓 に出す とい う4

つの機 能 を兼ね備 えたオーブ ンウエア として注 目され

て お り,XYDAR製 オ ー ブ ン ウ エ ア 「ウ ル トラ21」

は米 国 で は か な り普 及 して い る.一 方,Type IIの

LCPは,コ ネ ク タ ー な どの 電 子 部 品 以 外 にCD用

ピ ック ア ップ,駆 動 子,自 動 車 の ク ル ー ズ コ ン トロ ー

ルセ ンサーな どに も適用 されている.

最近の技術 開発 として特 に注 目されるのは,メ ッキ

グ レー ドに よ るプ リン ト基板 の 開発 と回路 成 形 品

(MID: Molded Interconnection Device)で あ る.

MIDと は 電 子 部 品 に使 用 され て い る 金 属 の リ ー ドフ

レ ー ム や 端 子 を プ ラ ス チ ッ ク の メ ッキ 品 に よ り省 略

(メ タ ル レス化)し た もの で,こ の 概 念 は 部 品 設 計 の

フ レキ シ ビ リテ ィー,信 頼 性 を向 上 させ る もの と して

図10 MID製 法工程

(200) 「材料」 第39巻 第441号

Page 8: 講 座 LECTURE - JST

1. ス ーパ ーエ ンプ ラ 789

図11 各種振動板材料の

比弾性率と内部損失

今 後大い に注 目され ると思 われる.図10に そ の製法

工 程 を示 す.

また,図11に 示す ようにLCPは アル ミニ ウムに

匹敵す る高い比弾性率 を有 してい るにもかかわ らず,

その減衰特性(内 部損失)が 大 きい特長 を有するため,

ス ピーカー振動板 のよ うな用途 に も適用 されてい る.

さらに,LCPの 配向特性 を最 大限 に発揮 させ たの

が ファイバーであ り,ア ラ ミッドフ ァイバ ー(ケ ブ ラ

ー)と 比べ ると,溶 融紡糸 のため加工が容易であ るの

図12 エ ンプラの価格 と需要量

(1988年 度)

と吸水率が低いのが特 長であ り,ケ ーブルの補 強材,

工 業 用 ロ ー プ,ベ ル トな ど に今 後 の 展 開 が 期待 され る.

5 あ と が き

以 上 に述 べ て きた よ う に,ス ーパ ー エ ンプ ラは そ の

耐 熱 性 以 外 に,そ れ ぞ れ の樹 脂 特 有 の 機 能 を有 す た め,

大 きな可 能 性 を秘 め た 素 材 で あ るが,樹 脂 の 耐 熱 性 と

価 格 は ほ ぼ比 例 関 係 にあ り,ス ーパ ーエ ン プ ラの 価 格

は汎 用 エ ンプ ラ に比 べ まだ ま だ高 く,図12に 示 す よ

うに1988年 の 需 要 量 は まだ まだ 少 ない.

しか しなが ら,高 度 化,多 様 化 す る市 場 ニ ーズ に対

して,ス ーパ ーエ ン プ ラ は製 品 の 高 付 加 価 値 化 を生 み

出す 必 須 の 素 材 で あ る こ と は言 う まで も な く,今 後,

こ れ らに フ ィ ッ ト した木 目細 か な材 料 開 発,加 工 技 術

開発 が 進 め ら れ,近 い将 来,エ レ ク トロニ クス 産 業 を

始 め とす る最 先 端 産 業 で,着 実 に需 要 を伸 ば して い く

こ とを期 待 す る.

参 考 文 献

1) 日経 ニューマ テリアルズ, 108 (1987.11.16).

2) 小 出直之編集 「液晶ポ リマ ー」,95 (1987)シ ーエム シ

ー出版

3) ユ ニチカ社技術資料

4) 豊 田芳穂,安 江 健 治,プ ラ スチ ッ クス, 36, 9, 116

(1985).

5) 化学工業 日報 (1989.9.12).

6) 日経 ニ ューマテ リアルズ, 45 (1985.7.20).

7) 上 島健 一,土 倉克彦,工 業材料, 37, 6, 69 (1989).8) 古 賀清博,プ ラスチ ックスエージ, 35, 9, 190 (1989).

9) 蔵 田重 厚,福 田 誠,プ ラス チ ック ス, 40, 1, 115

(1989).10) 大 日本イ ンキ社技術資料 「アモルボ ン」.

11) 伊 東克彦,プ ラスチ ックス, 40, 1, 136 (1989).

12) ICI社 技術資料.

13) 浅井邦明,プ ラスチ ックス, 39, 1, 157 (1988).

14) 浅井邦明,高 分子可能性 講座 「多様化 する食 品保存技術

と 高 分 子 包 装 材 料」 要 旨 集,高 分 子 学 会, 45

(1987.7.2).

15) 日経ニ ューマテ リアルズ, 33 (1987.7.13).

16) 日経ニ ューマテ リアルズ, 55 (1988.12.19).

17) 馬場文明,機 能材料, 7, 10, 21 (1987).

18) 日経ニ ューマテ リアルズ, 49 (1987.7.13).

19) ポ リプラスチ ックス社技術資料.

1990年6月 (201)