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Design Wave Magazine 2002 December 31 現在,民生機器市場ではパソコンや携帯電話といった「ネ ットワーク型」の商品が台頭しています.こういった市場 では,複数の製品やユニット,ソフトウェア,データベー スを共通インターフェースでつなぎ,容易に操作したり, 電子情報の交換や加工を行える構成となっています(図1). もし,インターフェースが統一されていなかったら,す なわちその方式が複数存在していたら,上記のような構成 を簡単に実現することはできません.その場合,労力や時 間,コストがかかります.ネットワークを構築する場合に は,規格が統一されていることが望ましいのです. では,インターフェースの統一とは何でしょうか.まず, バスや通信方式が共通であることです.さらにソフトウェ アやそのほかの上位層の規格まで統一されていれば,なお 望ましいと言えます.しかし,規格は存在しても,一部の ユーザの賛同しか得られなければ,なかなか統一規格のメ リットは得られません.これでは複数の方式が存在するこ ととなんら変わりがありません.1990 年代の自動車業界 が,まさにこのような状況でした.自動車メーカはそれぞ れ独自路線をとっていたからです. ところが,昨今では自動車業界も世界的な共通規格を採 用する傾向にあります.2000 年に入ると,自動車メーカは 共通規格の採用を検討しはじめました.今日では,日系の すべての自動車メーカが共通規格の採用に踏み切ったもよ うです.このような背景を踏まえて,本稿では車載電子機 器向けの標準的なインターフェース規格を紹介します. 1.電子化によってハーネスの問題が浮上 規格を説明する前に,半導体業界と自動車業界の関係, および自動車の電子化についてまとめておきます. ●車載エンターテインメント機器で半導体は重要 車載電子機器業界のビジネスは,自動車メーカのフルモ 2 〔図 1〕みんなネットワークでつながっている パソコンや携帯電話などの「ネットワーク機器」によって,簡単に電子情報の 交換や加工を行えるようになっている.これらは,機器が共通のインターフ ェースでつながれているために実現できている. 自動車の製造コスト削減のため,車載ネットワークが注目を集めている.パワートレイン(動力伝達)系やボディ(車体)系のネ ットワーク規格では,CAN(Controller Area Network)がもっとも有望視されている.ここでは,自動車がネットワーク化さ れる必然性と CAN プロトコルの技術概要を説明する. (編集部) 第2章 長岡泰造 パワートレイン系&ボディ系 ネットワークの基礎知識 ―― CANプロトコルの概要

第2章 パワートレイン系&ボディ系 ネットワークの …Design Wave Magazine 2002 December 31 現在,民生機器市場ではパソコンや携帯電話といった「ネ

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Page 1: 第2章 パワートレイン系&ボディ系 ネットワークの …Design Wave Magazine 2002 December 31 現在,民生機器市場ではパソコンや携帯電話といった「ネ

Design Wave Magazine 2002 December 31

現在,民生機器市場ではパソコンや携帯電話といった「ネ

ットワーク型」の商品が台頭しています.こういった市場

では,複数の製品やユニット,ソフトウェア,データベー

スを共通インターフェースでつなぎ,容易に操作したり,

電子情報の交換や加工を行える構成となっています(図1).

もし,インターフェースが統一されていなかったら,す

なわちその方式が複数存在していたら,上記のような構成

を簡単に実現することはできません.その場合,労力や時

間,コストがかかります.ネットワークを構築する場合に

は,規格が統一されていることが望ましいのです.

では,インターフェースの統一とは何でしょうか.まず,

バスや通信方式が共通であることです.さらにソフトウェ

アやそのほかの上位層の規格まで統一されていれば,なお

望ましいと言えます.しかし,規格は存在しても,一部の

ユーザの賛同しか得られなければ,なかなか統一規格のメ

リットは得られません.これでは複数の方式が存在するこ

ととなんら変わりがありません.1990年代の自動車業界

が,まさにこのような状況でした.自動車メーカはそれぞ

れ独自路線をとっていたからです.

ところが,昨今では自動車業界も世界的な共通規格を採

用する傾向にあります.2000年に入ると,自動車メーカは

共通規格の採用を検討しはじめました.今日では,日系の

すべての自動車メーカが共通規格の採用に踏み切ったもよ

うです.このような背景を踏まえて,本稿では車載電子機

器向けの標準的なインターフェース規格を紹介します.

1.電子化によってハーネスの問題が浮上

規格を説明する前に,半導体業界と自動車業界の関係,

および自動車の電子化についてまとめておきます.

●車載エンターテインメント機器で半導体は重要

車載電子機器業界のビジネスは,自動車メーカのフルモ

2

〔図1〕みんなネットワークでつながっている

パソコンや携帯電話などの「ネットワーク機器」によって,簡単に電子情報の交換や加工を行えるようになっている.これらは,機器が共通のインターフェースでつながれているために実現できている.

自動車の製造コスト削減のため,車載ネットワークが注目を集めている.パワートレイン(動力伝達)系やボディ(車体)系のネ

ットワーク規格では,CAN(Controller Area Network)がもっとも有望視されている.ここでは,自動車がネットワーク化さ

れる必然性とCANプロトコルの技術概要を説明する. (編集部)

第2章

長岡泰造

パワートレイン系&ボディ系ネットワークの基礎知識――CANプロトコルの概要

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32 Design Wave Magazine 2002 December

デル・チェンジの時期を中心に展開されます.多くの車両

を開発しているメーカでは,毎年または半年,さらには四

半期ごとにモデル・チェンジの時期がやってきます.この

タイミングに合わせて,車載電子機器メーカやモジュー

ル・メーカは「デザイン・イン」を獲得するために経営努力

や技術開発を惜しみません.

車載用半導体のメーカも同じです.自動車における半導

体の使用実績はここ数年上がってきています.単なる「カ

ー・ラジオ」を例にとってみても,現在ではチューナの受

信性能と音質が大幅に改善され,パワー・アンプの出力も

向上しています.ディスプレイも文字中心のものからグラ

フィカルなものへと進化しています.こうした車載エンタ

ーテインメント機器への半導体の応用件数は決して小さく

はありません.

筆者は,この車載エンターテインメント機器の市場はさ

らに広がると考えています.高級車の後部座席にビデオ機

器が搭載されたり,携帯電話とカー・ナビゲーション機器

が融合してテレマティクス機能になったり,電子メールな

どのネットワーク的な機能が搭載されようとしているから

です.このうちのいくつかは,すでに製品化されていると

思います.この分野は車載電子機器の花形市場であり,半

導体製品がけん引役となって開拓された分野です.つまり,

半導体の発展なくしては成長できない分野です.

●パワートレイン系もメカからエレクトロニクスへ

次に,電気部品が主役であるパワートレイン系について

説明します.パワートレイン系では,主にモータやオルタ

ネータ,バッテリのように大型で高電力の部品が数多く使

われています.また,エンジンやブレーキ,ハンドルなど,

車の主機能をつかさどるので,機械的な部品が占める割合

が高い場所でもあります.そのため,以前は,半導体の出

番はあまりありませんでした.

しかし,ここにも電子化の波が押し寄せてきました.エ

ンジンを最適な状態にし,滑らかな回転を保つため,電子

制御方式が主流となってきたからです.EFI(electronic

fuel injection)注 1 はその代表的な例です.複数のセンサと

エンジン以外の部品から送られてくる情報をもとに,燃料

と空気を混合する最適状態を求めます.そこで各アクチュ

エータを制御するために,半導体が使用されています.

続いて,ユーザ(ドライバや搭乗者)が操作する機能やユ

ーザに与えられている車両空間を考えてみます.この分野

は車体エレクトロニクス(body electronics)と呼ばれてい

ます.例えば,パワー・シートやダッシュ・ボード内の電

子機器がこれに当たります.

キーレス・エントリを使って,ドアを開閉することを考

えてみましょう.高周波技術を用いた送受信機能によって,

かぎとかぎ穴を使わずにドアの施錠と開錠を行います.盗

難防止機能を備えたかぎ(イモビライザ)も出回ってきまし

た.これはドアの開閉機能から一歩進んで,かぎの内部に

高度な暗号解読回路を内蔵させ,エンジン制御ユニットと

注1:電子制御燃料噴射装置.マイコンでエンジンに供給する燃料を制御すること.呼びかたはメーカごとに異なり,トヨタ自動車ではEFI,日産自動車ではEGI,スズキではEPI,本田技研工業ではPGM-FIと呼ぶ.

車載ネットワークを導入するメリットの表向きの理由は,電子化

に向かう自動車設計のコスト・アップを軽減することです.配線を

整理してハーネスの製造原価を低減し,省線設計によって車の重量

を減らして燃費を向上させます.また,電子モジュールの部品設計

の効率化と共通化も図れます.

では,一般の消費者(ドライバ)は,車載ネットワークによってど

のような恩恵を受けるのでしょうか? 残念ながら,今のところ消

費者が実感できる大きなメリットは見当たりません.つまり,自動

車の販売拡大につながる商品力のアップには結び付けられていない

ということです.すると,「なぜ車載ネットワークが必要なのか?

多くの自動車メーカで採用されるのはどうしてか?」という疑問が

出てきます.

まず,北米市場における法制化が車載ネットワーク導入を決定す

る大きな要因であると考えられます.次に,欧州市場へ参入するた

めの準備と考えることもできます.3番目には,生産や技術サイド

からの必要性が挙げられます.

自動車のネットワーク化は,日本市場においても現実のものとな

ってきましたが,将来確実に成長するマーケットであることはまち

がいありません.車載ネットワークの代表であるCANは,まず欧

州の自動車メーカによってまとめられ,その後,ISO標準となって

北米市場で採用されています.この動向に追従する戦略がとられて,

日本の自動車メーカも採用していると考えることができます.その

ほかのネットワーク規格の普及推進活動も活発です.本稿では,単

なる名まえを紹介するだけになってしまった次世代CANやセーフ

ティ(安全走行)系のバスについても,すでに半導体の製品化が動き

始めています.

車載ネットワークによって消費者は恩恵を受けるか?Column1