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SylviaPlathの詩の展開 一一一自我の解放にむけて一一 岡村ひとみ Th bloodjetispoetry Thereisnostoppingit. "Kindness" 1 抄』を智恵子との関係史によってそれぞれ二人の結婚前の作品,結婚後,智 恵子が発病するまでの作品,発病後の智恵子をうたったものと,三つの時期 に分類し, I F 智恵子抄』の『智恵子抄』たるゆえんは智恵子の発狂という悲 劇的状況の中で、書かれた第三期の作品にあると述べている。そして,第一期 の作品から第二期の作品が書かれるまでに 8 年間の空白があることに注目し, この空白の意味を次のように表現している。 あるいは,ふたりはまだ詩を必要としないほど幸福であったというべき か。どんなに奇矯に開こえようと,詩はある存在的な欠損の表現である。 存在の欠損を埋ずめるために,詩人は言葉によって世界を招き寄せよう とする O そうして実現された詩が実際に欠損を充填することは例外的に もありえないが,しかし,欠損の深さはそのまま詩の深さを補償すると いっていい。いいかえれば,満ち足りた生活(そんなものが仮りにあり うるとして)は,詩を必要としないばかりか,詩人の表現への飢渇を詩 の手前で殺してしまうのである。 2 1963 2 月, ロンドンで30 歳の若さで自らの生命を断ったアメリカ生まれ の詩人 SylviaPlath の死の前年からの多作ぶり,そしてそれらの作品の完 成度の高さを考えると,上の文はそのまま Plath にもあてはまるといえよ

Sylvia Plath の詩の展開 - Doshisha...Sylvia Plath の詩の展開 3 していったのか,その代表的なものを取り上げ検討してみたい。Plath の晩年の作品を読むと,ことばが突然解き放たれたという印象を受

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Sylvia Plathの詩の展開

一一一自我の解放にむけて一一

岡村ひとみ

Th巴 bloodjet is poetry, There is no stopping it.

"Kindness"

1

郷原宏は『詩人の妻一高村智恵子ノート ~1 の中で,高村光太郎の『智恵子

抄』を智恵子との関係史によってそれぞれ二人の結婚前の作品,結婚後,智

恵子が発病するまでの作品,発病後の智恵子をうたったものと,三つの時期

に分類し, IF智恵子抄』の『智恵子抄』たるゆえんは智恵子の発狂という悲

劇的状況の中で、書かれた第三期の作品にあると述べている。そして,第一期

の作品から第二期の作品が書かれるまでに 8年間の空白があることに注目し,

この空白の意味を次のように表現している。

あるいは,ふたりはまだ詩を必要としないほど幸福であったというべき

か。どんなに奇矯に開こえようと,詩はある存在的な欠損の表現である。

存在の欠損を埋ずめるために,詩人は言葉によって世界を招き寄せよう

とする O そうして実現された詩が実際に欠損を充填することは例外的に

もありえないが,しかし,欠損の深さはそのまま詩の深さを補償すると

いっていい。いいかえれば,満ち足りた生活(そんなものが仮りにあり

うるとして)は,詩を必要としないばかりか,詩人の表現への飢渇を詩

の手前で殺してしまうのである。 2

1963年2月, ロンドンで30歳の若さで自らの生命を断ったアメリカ生まれ

の詩人 SylviaPlath の死の前年からの多作ぶり,そしてそれらの作品の完

成度の高さを考えると,上の文はそのまま Plath にもあてはまるといえよ

2 Sylvia Plathの詩の展開

うO 最愛の夫 TedHughesに裏切られ, Devonの片田舎に幼い子供2人と

取り残された Plathは, しかし絶望の淵から次々と優れた作品を生み出し

ていく O 再生への希望をうたったものもあるが,大部分は生の不毛・幻滅・

絶望・死をテーマとした非常に暗い作品である O そもそも Plathは以前か

らこういったテーマを追求しており,詩人の描き出す世界に急激な変化がお

こったわけではない。だが激しさの点において,そして「表現への飢渇Jと

いう点において, 1962年の秋から翌年の始めにかけて書かれた一群の詩は,

それ以前の作品とは質を異にしているのである。

最も多くの詩が生みだされた1962年の10月,詩人は母への手紙に次のよう

!こ書いている。

Every morning, when my sleeping pill wears off, 1 am up about

five, in my study with coffee, writing like mad-have managed a

poem a day before breakfast. Al1 book poems. Teriific stuff, as

if domesticity had choked me.3

この時期の Plathはデーモンに取りつかれたように次から次へと新しい詩

を書いている。自己の内部の傷口を徹底的にえぐり出し,又自分を傷つけた

ものへの憎悪をあからさまに表現した Plathの詩に救いを見出すことはで

きないのだが, しかし我々は彼女のあくまでも自己を表現しようとする内的

欲求の激しさに圧倒されるのである O 精神的に打ちのめされた状態の中で彼

女の生を支えていたのは詩人としての自負であった。弟夫婦にあてた手紙の

中に“ Itis hurtful to be ditched... but thank God 1 have my own

'work. If 1 did not have that 1 do not know what 1 would do." 4 と書

いている。あるいは母に宛てた手紙に“ 1am a writer. . . 1 am a genius

of a writer; 1 have it in me. 1 am writing the best poems of my life;

they will make my name.川 Plathの詩は最終的には彼女を救いえなかっ

たにしても,詩の中で彼女の生命は激しく燃焼し,ある種のカタルシスを得

ていたと考えられる。以下,苦悩の中で Plathがどのような作品を生み出

Sylvia Plathの詩の展開 3

していったのか,その代表的なものを取り上げ検討してみたい。

Plathの晩年の作品を読むと,ことばが突然解き放たれたという印象を受

ける。新たな自由と力を得たことばは,苦悩する詩人の生の声を息苦しいま

での緊張感と共に読者に直接伝えることに成功している。このことばの解放

は,詩人がそれまでに抑圧していた攻撃性を精神の危機的状況の中で生じた

心理的必然性に迫られて一挙に噴出させたことにより可能になったと考えら

れる。

被女の攻撃性を引き出す直接の原因は自分を裏切った夫への憤激であった

ろうが, 作品の中では, 幼くして失った父,太西洋の彼方で娘の身を案じ

ている母, そして現在の白分自身の姿にもその攻撃の矛先を向けている。

Plathのこの攻撃性の爆発は一見破壊的に見えるが, しかし実は,現在の精

神的混沌から脱け出すためのエネルギーになっている O 結論から先に言うな

らば, Plathは自己の内部に潜んでいた攻撃性をことばに表現することによ

り浄化し,新生へ向かおうとしていたのではないかと思われるのである。

1) 心理的乳離れー“Daddy"と“l¥1edusa"

Plathが自らの力で人生を建て直そうとしていた1962年の10月に,父と母

への精神的決別の詩,“Daddy"と

すべき事実である。これらの作品は真の独立した自我を確立しようとする彼

女の意志の現れであるO

Plathの父は,まだ 8歳だった娘の心に生涯消えることのない深い傷を残

しこの世を去った。 Plathは,死んだ父親に対するアンピパレントな感情を

エレグトラ・コンプレックスという形で繰り返し作品のテーマに取りとげて

いる。それら一連の父親を扱った作品の頂点に来るのが“Daddy"である。

詩人はこの作品に次のような説明を加えている。

'Here Is a poem spok巴nby a girl with an Electra complex. Her

father died while she thought he ,vas God. Her case is complicated

4 Sylvia Plathの詩の展開

by the fact that her father was also a Nazi and her mother very

possibly part Jewish. In the daughter the two straIns marry and

paralyse each other-she has to act out the awful lItt1e al1egory

once over before she is free of it.' 6

自己を不当に虐げられた被害者と見る傾向は, Plathの初期の作品から顕著

であるが,このように父と娘の関係に加害者ー被害者=ナチスーユダヤ人と

いう図式をあてはめることが道徳的に正当であるかどうかは問題であろう O

しかし,詩人の想像力を専制的に支配し続けてきた父親への愛憎のからみあ

った複雑な感情を,ナチスの将校とユダヤ人の少女の倒錯した愛にたとえる

ことにより,劇的効果の高い心理ドラマが生まれていることは確かである。

語り手は父を恐れる一方,秘かにその横暴を楽しんでいる。

1 have always been scared of you,

With your Luftwaffe, your gobbledygoo.

And your neat mustache

And your Aryan eye, bright blue.

Panzer-man, panzer-man, 0 Y ou-一一

Not God but a swastIca

So black no sky could squeak through.

Every woman adores a Fascist,

The boot in the face, the brute

Brute heart of a brute 1ike you. (ll. 41-50)

呪文のような出だしで始まるこの詩の中で,詩人は非常に困難な父親殺し,

父親の亡霊を取り払おうとする exorcismの儀式を執り行なおうとしている

と考えられる。

Y ou do not do, you do not do

Any more, black shoe

I立 which1 ha ve li ved like a foot

Sylvia Plathの詩の展開

For thirty years, poor and white,

Barely daring to breathe or Achoo.

Daddy, 1 have had to kill you.

Y ou died before 1 had time一一一(11.1-7)

5

詩の最後まで続く [u:Jという長母音の押韻によって語り手の父親へのオブ

セッションが音を通して伝わってくる。

1 used to pray to recover you.

Ach, du. (11. 14-15)

詩人の大学時代の自殺未遂事件は,詩の中では,死による父親との再結合と

してうたわれる。

At twenty 1 tried to die

And get back, back, bad王 toyou.

1 thought even the bones would do. (11. 58-60)

しかし自殺は失敗し彼女は無理矢理この世に引き戻される。そこで,今度は

他の男性の中に父親の surrogateを見出そうとする O

1 made a model of you,

A man in black with a Meinkampf look

And a love of the rack and the screw.

And 1 said 1 do, 1 do. (11. 64-67)

この“ theblack man who / Bit my pretty red heart in two." (11. 55-56)

は父の身代わりであるから,父親殺しの儀式は必然的に夫殺しの儀式でもあ

ヲF

屯コ。

If I've killed one man, I've ki1led two--

The vampire who said he was you

8 Sylvia Plathの詩の展開

And drank my blood for a year,

Seven years, if you want to know. (11. 71-74)

父であり,夫である吸血鬼は胸に杭を打ち込まれ儀式は成功のうちに終わる。

Daddy, you can lie back now.

There's a stake in your fat black heart

And the villagers never liked you.

They are dancing and stamping on you. (11. 75-78)

しかし最終行“ Daddy,daddy, you bastard, I'm through." (1. 80)は大変

暖昧である。犠式は終わった (throug旬。と同時に悪魔払いを終えた娘自身,

生命を失った(I'mthrough)。それほど父親との精神的決別が困難であるこ

とを意味しているように思える。

“Daddy"の次に作られたのが,母親との断絶を表現した“主長dusa"で

ある o Letters Homeに収められたおびただしい量の母親に宛てた手紙を読

めば, P1athがどれだけ母親に精神的に依存していたかがわかる O 子供のた

めに身を粉にして働く母に対し, Plathは良き娘,理想の娘像を演じ続ける

のだが,それが精神的に大きな負担になっていたことは次の大学3年生の時

に弟にあてた手紙からもうかがえよう。

You know, as 1 do, and it is a frightening thing, that mother

would actually Kill herself for us if we calmly accepted all she

wanted to do for us. She is an abnormally altruistic person, and

1 have realized lately that we have to fight against her selflessness

as we would fight against a deadly disease.7

娘にとって母親からの精神的乳離れは,ある意味では,父親からの精神的乳

離れよりも困難なものである。娘と母の自我は同一化されやすい傾向をもっ

ている。娘が真の自我を確立するためには,ーたん母親を拒絶する必要があ

Sylvia Plathの詩の展開 7

るO しかし母親の自我は無意識のうちにそのような成長を拒絶し,ますます

強く娘の自我をとりこもうとするのである。父親を失って以来,普通の母娘

以上に強い紳で結ばれていた Plath母娘の場合, その傾向は非常に強かっ

たにちがいない。自分を取りこもうとする母親を,ゆらゆらとまとわりつい

てくるくらげにたとえて Plathは次のように言う。

Green as eunuchs, your wishes

Hiss at my sins.

Off, off, eely tentacle! (11. 38-40)

あるいは母親という“ bottle"の中にとじこめられているというメタファー

(1. 35)が登場する。母に夫婦問の修羅場を見られてしまった当惑と憤りは

激しい。母が自分のプライパシーを侵害したととらえているのである。

. . . 1 could draw no breath,

Dead and moneyless,

Overexposed, like an X-ray.

Who do you think you are ?

A communion wafer? Blubbery Mary? (11. 29-33)

母娘聞の緊張は最高度に高まっていた。娘の身を案じてアメリカに戻るよう

にすすめる母に Plathは次のようにいう。

. . . as you can see, 1 haven't the strength to see you for some time.

The horror of what you saw and what 1 saw you see last summer

is between us and 1 cannot face you again until 1 have a new life;

it would be too great a strain.8

“Medusa" と同じ日に書かれた母への手紙の中で Plathは“ 1must not

go back to the womb or retreat " 9 といっている。現在の精神的危機をの

り越えるためには母親からの乳離れが絶対に必要であった。そのためには

8 Sylvia Plathの詩の展開

まず一度母親を完全に拒否しなければならない。それ故“ Medusa" は

“There is nothing between us." (1. 41)という断固たる拒絶のことばで終

わっているのである O

2) 再生へむけて

P1ath のこの時期の作品には,たとえば“ Lesbos" のように憎しみがあ

まりに露骨に生の形で表現されていて読む者を当惑させるものもある。この

詩はある女性への嫌悪を表わしたものであるが,全編,視覚・聴覚・臭覚に

うったえる強烈にネガティヴなイメジであふれている。

Viciousness in the kitchen!

The potatoes hiss. (11. 1-2)

The fluorescent light wincing on and off 1ike a terrib1e migraine

. (1. 4)

You who have b10wn your tubes 1ike a bad radio

C1ear of voices and history, the staticky

Noise of the new. (1. 17-19)

Meanwhi1e ther巴'sa stink of fat and baby crap. (11. 33)

The smog of cooking, the smog of hell

F10ats our heads, two venomous opposites . .. (11. 35-36)

Y our voice my ear-ring,

F1apping and sucking, b1ood-1oving bat. (11. 79-80)

語り手の憎悪、はあまりに激しく,語り手自身自らの感情に窒息しそうになっ

ているのである。

Now I am si1ent, hate

Up to my neck,

Thick, thick. (11. 64-66)

Sylvia Plathの詩の展開

Y ou peer from the door,

Sad hag. ‘Every woman's a whore.

1 can't communicat巴, (11. 82-84)

9

確かにこの詩は憎悪の発散に終わってしまっているが, しかし注目すべきは,

Plathが自己のネガティヴな感情を生のまま,徹底的にことばに表現しよう

とするその姿勢である。ここには詩人と作品の間の距離はない。これは以前

にはみられなかった新しい傾向である。その結果として生まれた肉声の生々

しさ故の迫力には否定しがたし、ものがある。明らかに解き放たれた攻撃性が

詩のエネルギーとなっているのである O

この激しく憎悪するエネルギーを自らの再生のエネルギーに転化しようと

しfこのカ2“LadyLazarus"である O “ Daddy" と同 t~長, ここでも Plathは

ナチスの犠牲となるユダヤ人と自分の姿を重ねあわせている。語り手は,生

体実験のモルモットにされ,焼き殺される。

So, so, Herr Doktor.

So, Herr Enemy.

1 am your opus,

1 am your valuable, The pure gold baby

That melts to a shriek

1 turn and burn. (11. 65-71)

しかし最後に彼女は恐しい姿となって不死鳥の如く灰の中から蘇り復しゅう

を遂げる。この箇所のイメジは強烈である O

Herr God, Herr Lucifer

Beware

Beware.

Out of the ash

10 Sylvia Plathの詩の展開

1 rise vvith my red hair

And 1 eat men like air. (11. 79-84)

Plathは“ Stings"においても同様に強烈な再生のイメジを提示している。

ここでは詩人は現在の自分の姿を年老いた女主蜂の姿と重ねあわせている。

Her wings torn shawls, her long body

Rubbed of its plush一一一

Poor and bare and unqueenly and even shameful. (11. 17-19)

. . for years 1 have eaten dust

And dried plates with my dense hair. (11. 24-25)

しかし彼女には誇りがある。¥.. but 1/ Have a self to recover, a queen."

(11. 51-52)最終スタンザにおける女王蜂の大空への力強い飛朔は, Plathが

求める解放と勝利のシンボルである。

Now she is f1ying

l¥tlore terrible than she ever was, red

Scar in the sky, red comet

Over the engine that killed her-一ー

The mausoleum, the wax house. (11. 56-60)

新たなエネルギーを得た Plathの詩の辿りついた最高峰は“Ariel"であ

ろう。疾駆する馬の背にまたがった語り手は馬との一体感,スピードそのも

のになりきった感覚に酔いしれる O

God' s lioness

How one we grow,

Pivot of heels and knees! The furrow

Splits and passes, sister to

The brown arc

Sylvia Plilthの詩の展開 11

Of the neck 1 cannot catch. . .. (11. 4-9)

鮮やかなイメジが次々に我々の眼前を飛び去っていく。一つ aつのことばが

投げつけられているような印象を受ける。馬上の人の高鳴る心臓の鼓動が聞

こえてくるようである。

Nigger eye

Berries cast dark

Hooks一一一

Black sweet b100d mouthfu1s,

Shadows.

Something e1se

Hau1s me through air--

Thighs, hair;

F1akes from my hee1s.

White

Godiva, 1 unpee1-一一

Dead hands, dead stringencies. (11. 10-21)

彼女は今や肉体を捨て去り,意識だけが流れる。詩のリズムもそれにつれて

変化している。

And now 1

Foam to wheat, a glitter of seas.

The child' s cry

Me1ts in the wa11. (11. 22-25)

最後には意識も薄れていく。彼女は生命の燃焼のシンボノレである太陽の真只

中へ,矢となって飛び込む。

And 1

12 Sylvia Plathの詩の展開

Am the arrow,

The dew that flies

Suicidal, at one with the drive

Into the red

Eye, the cauldron of morning. (11. 26-31)

しかしこれらの詩に見られる詩的エネルギーの爆発は, 11月に入るともう

見られなくなる。不吉な,破壊的なイメジが支配的な作品が作られている。

“Years"の中で詩人は次のようにいう。

Eternity bores me,

1 never wanted it.

What 1 love is

The piston in motion-一一一(11.9-12)

この四行は, Plathの詩のもつ危険性を示しているといえる。“Stings"ある

いは“ Ariel" に見たエネルギーの燃焼は実は破壊的側面を含んでいた。

Plathはまさにこの瞬間,飛掬する女王蜂,疾駆する馬の中に生命のエネノレ

ギーの激しい燃焼を見た。しかしそれは「今J rこの瞬間」だけ体験できる

陶酔感であった。女主蜂も馬も,自分たちの行きつく所を知らない。 Plath

のいう“ Thepiston in motion"はやがてむなしいものとなる。

The engine is killing the track, the track is silver,

It stretches into the distance. It wi1l be eaten nevertheless

Its running is useless. (“Totem," 11. 1-3)

行きつく所は死でしかないと,この詩の中で Plathは暗示している。

3) 死の影

1962年の12月, Plathは Devonの家を出て, ロンドンのフラットに引っ

Sylvia Plathの詩の展開 13

越しをしている。二人の幼児の世話をしながら,家具の購入や床のペンキ塗

りなどで大わらわの毎日であったようだ。それ故この月は詩はほとんど作っ

ていない。家庭内の雑用に忙殺されながらも,それまでの田舎暮らしで文化

的刺激,知的会話に飢えていた P1ath にとってロンドンでの新生活のスタ

ートは希望にみちたものであったことは家族にあてた手紙からうかがえる。

しかし,年が明けた1963年の 1月に彼女が書いた作品は深い絶望にみちたも

のだった。それらの作品からはもうあの鼓動のリズムにのって生き生きと聞

こえてきていた Plathの肉声は伝わってこない。

My bones ho1d a stillness, the far

Fields melt my heart.

They threaten

To let me through to a heaven

Starless and fatherless, a dark water.

(“ Sheep in Fog," 11. 11-15)

暗い死の影が Plathの心をおおっている o "The Munich Mannequins "で

は,しんしんと降り積もる雪の冷たさと夜の闇の深さをパックに,すべてが

沈黙してしまった不毛の世界が描き出される O

Perfection is terrible, it cannot have children

Cold as snow breath, it tamps the womb

Where the yew trees blow like hydras,

The tree of life and the tree of life

Unloosing their moons, month after month, to no purpose.

The blood flood is the flood of love,

The absolute sacrifIce. (11. 1-7)

月経で流れる血,受精することなく排出される卵子 (moons) を不毛のメタ

14 Sylvia Plathの詩の展開

ファーととらえるのは Plath独特の感覚である。

The snow drops its pieces of darkness,

Nobody's about. . .. (11. 16-17)

And the black phones on hooks

Glittering

Glittering and digesting

Voicelessness. The snow has no voice. (11. 24-27)

“Paralytic"では3 詩人は肉体のみが自らの意志に反して生命を保ってい

る現在の状態を,人工肺を使って生きる中風患者にたとえている。

My god the iron lung

That loves me, pumps

My two

Dust bags in and out,

Will not

Let me relapse

While the day outside glides by like ticker tape. (11. 4-10)

日常的な生は無意味な機械的反復にすぎない。(“.. . the day outside glides

by like ticker tape.") 詩人は精神的には死んだも同然の存在である自己を

“Dead egg" ととらえている。

Dead egg, 1 lie

Whole

On a whole world 1 cannot touch, (11. 17-19)

あるいは世界から隔離され,閉じ込められていると感じるのである。

The still wat邑rs

Sylvia Plathの詩の展開

Wrap my lips,

Eyes, nose and ears,

A clear

Cellophane 1 cannot crack. (11. 27-31)

この結果詩人が求めるのは偽りの無我の境地である。

1 smile, a buddha, all

Wants, desire

Fa1Iing from me 1ike rings

Hugging their 1ights.

The claw

Of the magno1ia,

Drunk on its own scents,

Asks nothing of life. (11. 33-40)

15

詩人はもはやこの世界に何も期待していない。最後のイメジは Plath独特

のナルシシズムが感じられる。“ Asksnothing of 1ife" は生に背を向けた

こと(:fである。

2月に入ってからの作品, 特に P1ath の生涯の最後の一週間に書かれた

“Words"と“Contusion"は,語り手の肉声が完全に消え,イメジのみが

自己増殖を続ける作品である。“ Words" の中で彼女は,分離してしまった

ことばと詩人の関係を次のように表わす。

Axes

After whose stroke the wood rings,

And the echoes!

Echoes trave1ing

Off from the center like horses. (11. 1-5)

“Ariel" の中で詩人と一体となって疾駆した馬は, ここでは詩人を置いて

駆け去っていく。ことばは生存の痛み(“Axes")から発せられ忍。しかし

16 Sylvia Plathの詩の展開

生み出されたことばが痛みをいやすことはできないのである。この詩の底に

は人生に対する深い諦めがある。

The sap

Wells 1ike tears, like the

Water striving

To re-establish its mirror

Over the rock

That drops and turns,

A white skull,

Eaten by weedy greens.

Years later 1

Encounter them on the road-一一

Words dry and rider1ess,

The indefatigab1e hoof-taps.

While

From the bottom of the poo1,五xedstars

Govern a 1ife. (11. 6-20)

“Contusion" は語り手のいない詩である。 不吉なイメジのみが連なった,

詩人の死へのオブセッションを示す作品である。

The heart shuts,

The sea slides back,

The mirrors are sheeted. (11. 10-12)

P1athの最後の作品となった“ Edge" は,死体となって横たわる詩人自身

の姿が描かれている。視点は肉体を去り,この世を去っている。

The woman is perfected.

Her dead

Body wears the smile of accomplishment,

Sylvia Plathの詩の展開

The illusion of a Greek necessity

Flows in the scrolls of her toga,

Her bare

Feet seem to be saying:

We have come so far, it is over. (11. 1-8)

17

詩人ははっきりとすべては終わったと告げている。詩の中では,二人の子供

も母とともに生命を断って母親の胎に戻るのである。

Each dead child coiled, a white serpent,

One at each littIe

Pitcher of milk, now empty.

She has folded

Them back into her body as petals

Of a rose close when the garden

Stiffens and odors bleed

From the sweet, deep throats of the night flower. (11. 9-16)

詩は恐しいほど無関心なことばで終わっている。

The moon has nothing to be sad about,

Staring from her hood of bone.

She is used to this sort of thing.

Her blacks crackle and drag. (11. 17-20)

Plathはこの詩を書いた6日後の朝に,まだ眠っている 2人の子供にパ

ンとミルグを用意してから台所でガス自殺を遂げた。

この冬のロンドンは,何十年ぷりという大雪に見舞われ,あちこちで水道

管が破裂したり,交通が麻痔しその上電力会社の度重なるストで送電がスト

18 Sylvia plathの詩の展開

ずプされ, 市民生活は大混乱していた。 このような中で, Plathは幼児 2

人をかかえて,風邪の高熱に襲われながらも最後の日まで健気に生とたたか

っていた。この噴の彼女は神経衰弱あるいはうっ状態にあったといわれてい

る。しかし, rお医者様を呼んで。」というメモを残していたこと,そしてち

ょっとした手違いが起こっていなければその朝手伝いの女の子がもっと早く

Plathのフラットにやって来る約束になっていたこと等, Plath の自殺の真

相は今だに多くの謎につつまれたままである。

i主

1 []未来~ 1982年 5月号(未来社〉。

2 同上, 46頁。

3 Sylvia Plath, Letters Home: Correspondence 1950-1963, selected and

edited with commentary by Aurelia Schober Plath (London: Faber and

Faber, 1979 ), p. 466.以下 LHと記す。

4 LH., p. 467.

5 Ibid., p. 468.

6 Sylvia Plath, The Collected Poems, ed. Ted Hughes (New York: Harper ]

and Row, 1981), p. 293.以下 Plathの詩作品はすべてこの版から引用する。

7 LH., p. 112.

8 Ibid., p. 465.

9 Ibid., p. 469.