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WGIP(War Guilt Information Program)とは 2015 4 月刊正論より) WGIP(War Guilt Information Program)とは、大東亜戦争後の昭和 20 (1945) 年からサンフランシスコ講和条約発効によって日本が主権回復を果たした昭和 27 年までの 7年間の占領期間に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領政策として行った、 戦争への罪悪感を日本人の心に植えつける宣伝計画です。 はじめに何故、私がWGIPを取りあげたのか、という理由から述べます。WGIPが 行われたのは今から約 70 年前ですが、決して過去の話ではありません。むしろ今でも効き 目を発揮し、ますます毒性が強まっている、いわば現在進行中の話なのです。 WGIPが残した毒は、政、財、官、法律、教育等あらゆる分野で、今も枢要の地位を 占める人を含む、多くの日本人の思考を今も縛っています。最近も、戦後 70 年の首相談話 を検討する「21 世紀を構想する有識者懇談会」の北岡伸一座長代理が、「総理に侵略だとい わせたい」などと、およそ信じがたい発言をされました。自民党の三役の一人が、「慰安婦 問題は終わっていない」などと、歴史事実を知りもせず、韓国に媚びた発言をする光景に は、あきれ返るばかりです。普通の国では起こりえない、自虐的な発想や、非常識な外交 対応などが頻発する背景には教育などさまざまな要因があるでしょう。ですがその源流は WGIPによる洗脳にほかなりません。そしてその洗脳から日本人は解放されていないの です。 このままでは日本は、どうかなってしまうのではないか。諸悪の根源を突きとめ、その 元凶を絶つ必要がある。そのために多くの日本人にWGIPについてしっかりとした認識 を持って欲しいという思いがありました。 WGIPについてはこれまで、江藤淳氏や高橋史朗教授が、立派な著作を残されていま す。なぜ、私が屋上屋を重ねるようなことをするのかという疑問もあるかもしれない。で すがインターネット上の百科事典とされるウィキペディアにはWGIP(図1)についてこ う書かれているのです。 《文芸評論家の江藤淳が『閉された言語空間』(1989年)において、この政策の名称が GHQの内部文書に基づくものであると主張し、江藤の支持者らが肯定的にこの名称を使

WGIP(War Guilt Information Program - fakebook.red · 今や一部では存在すら危ぶまれているのです。現資料が紛れもなく存在することを世の 中に示したい。それがWGIPの文書を探し始めた大きな理由でした。

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WGIP(War Guilt Information Program)とは

(2015年 4月 月刊正論より)

WGIP(War Guilt Information Program)とは、大東亜戦争後の昭和 20(1945)

年からサンフランシスコ講和条約発効によって日本が主権回復を果たした昭和27年までの

7年間の占領期間に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領政策として行った、

戦争への罪悪感を日本人の心に植えつける宣伝計画です。

はじめに何故、私がWGIPを取りあげたのか、という理由から述べます。WGIPが

行われたのは今から約 70年前ですが、決して過去の話ではありません。むしろ今でも効き

目を発揮し、ますます毒性が強まっている、いわば現在進行中の話なのです。

WGIPが残した毒は、政、財、官、法律、教育等あらゆる分野で、今も枢要の地位を

占める人を含む、多くの日本人の思考を今も縛っています。最近も、戦後 70年の首相談話

を検討する「21世紀を構想する有識者懇談会」の北岡伸一座長代理が、「総理に侵略だとい

わせたい」などと、およそ信じがたい発言をされました。自民党の三役の一人が、「慰安婦

問題は終わっていない」などと、歴史事実を知りもせず、韓国に媚びた発言をする光景に

は、あきれ返るばかりです。普通の国では起こりえない、自虐的な発想や、非常識な外交

対応などが頻発する背景には教育などさまざまな要因があるでしょう。ですがその源流は

WGIPによる洗脳にほかなりません。そしてその洗脳から日本人は解放されていないの

です。

このままでは日本は、どうかなってしまうのではないか。諸悪の根源を突きとめ、その

元凶を絶つ必要がある。そのために多くの日本人にWGIPについてしっかりとした認識

を持って欲しいという思いがありました。

WGIPについてはこれまで、江藤淳氏や高橋史朗教授が、立派な著作を残されていま

す。なぜ、私が屋上屋を重ねるようなことをするのかという疑問もあるかもしれない。で

すがインターネット上の百科事典とされるウィキペディアにはWGIP(図1)についてこ

う書かれているのです。

《文芸評論家の江藤淳が『閉された言語空間』(1989年)において、この政策の名称が

GHQの内部文書に基づくものであると主張し、江藤の支持者らが肯定的にこの名称を使

用している。しかし、この内部文書そのものは江藤らによって公開されておらず、実在す

るかどうか明確ではない》

今や一部では存在すら危ぶまれているのです。現資料が紛れもなく存在することを世の

中に示したい。それがWGIPの文書を探し始めた大きな理由でした。

そのようなわけで文書を探し始めた私はまず私は国会図書館に足を運びました。検索で

資料が出ないか、と試みましたがどうにもうまく進みません。自宅でも検索を重ね、目当

ての文書がどうやら明星大学(東京都日野市)戦後教育史研究センターに所蔵されている

ことがわかりました。早速、明星大学に足を運びましたが、2万5千点もの膨大な資料が

あって、この中から目当ての文書を特定しなければなりません。全ての文書に目を通すこ

とは到底できないし、絞るにしても目録だけで500ページ近くあって、至難のワザでし

た。

高橋史朗教授や勝岡寛次氏にもアドバイスをいただき、さらに私なりの“読み”を加えなが

ら、丹念に絞り込んでいきました。そしてようやく目指す文書を手にすることができまし

た。ここにその文書のリストを示します。「江藤らによって公開されておらず、実在するか

どうか明確ではない」というウィキペディアの記述が誤りであることがこれで明白になり

ました。

まず、文書に入る前に、洗脳作戦の全体的構図を説明し、その中でWGIPとは何かを

説明します。

占領下の日本人洗脳作戦において、実際、一番権力を持っていたのは、アメリカ本国の

大統領府であり、当時の大統領トルーマンは、極め付きの反日、侮日主義者で、原爆投下

については、「獣を扱うには、獣にふさわしい方法でやった」と、日本人を獣扱いしていた

と言われています。

それに比べると、日本に進駐してきた軍人は、進駐当時こそ、JAPとか黄色い猿とか

言っていた人も、暫く経つと親日的に変わっていった人が多かったようです。特に、海軍

の場合は、海軍同志で、戦前から交流の機会が多く、特にワシントン海軍軍縮交渉で知り

合った同志は、終戦直後でも、比較的友好的な交流があったようです。

日本で最高権力者として権勢を誇ったマッカーサーですが、最後はアメリカ大統領には

適いませんでした。後に、朝鮮戦争での原爆使用の可否で意見が対立し、トルーマンによ

って解任されています。

日本の中での最高権力組織は、もちろんGHQですが、これは正確には、GHQ/SC

APという名称でした。GHQは、General Headquartersの略で、いわゆる総司令部、S

CAPは、Supreme Commander for the Allied Powers(連合国総司令官)の略です。

マッカーサーは、両方を兼ねています。

このGHQ/SCAPの下に、WGIPの主役となる、CIE或いはCI&E(民間情

報教育局)や、G-2(参謀第2部)、CIS(民間諜報局)或いは、CCD(民間情報検

閲支隊)、極東国際軍事法廷(いわゆる東京裁判法廷)などがあり、そして日本政府も、こ

の一翼を担っていたわけです。

CIEは、日本人を洗脳するために、どのように日本のメディアを操り、どのような情

報を流すかを考え実行したわけです。その内容が、私が収集した原資料に繰り返し出てき

ます。これに対して日本人に知られたくない情報を日本人から隠したのが、焚書(占領軍

にとって有害な図書の没収)や、報道の削除や禁止を定めた命令でした。

しかし、いずれの場合でも、占領軍は、日本の一般人に対しては直接実行する方式では

ありませんでした。日本政府や日本の報道機関を通じて実施した間接統治であったことが、

この作戦の巧妙な所であり、多くの日本人は、それらの思想が、占領軍から押し付けられ

たことに気づかない。日本政府や日本人自らが行ったと錯覚させられてしまう。そういう

巧妙な構造のもとで進められました。

WGIPとは何か

東京裁判と「日本=戦犯国家」という刷り込みは、どのように行われたのでしょう。前

段でも触れましたが、WGIPは、占領軍が行った日本人洗脳作戦の中核をなすものです。

そして、そのなかで最優先かつ最重要な案件が、極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)

です。

そのことは、最初に紹介するCIE文書にも-まだウォーギルトインフォメーションプ

ログラムという言葉はこの時点では使われてはおらず「インフォメーションプラン

(Information Plan)」となっていますが-出てきます。

まず昭和 20(1945)年 12月 21日付で、GHQ/SCAPから出されたものと思わ

れる、CIEの局長あての文書をご覧下さい。

これは、日本の占領初期に出されたものです。非常に基本的ですが、その後の作戦の主

要部分の根幹を示す重要な文書です。その3ページ分の英文の全訳を示しました。下記に

その趣旨を説明します。

この文書の原文には、各ページの上下に、極秘(Confidential)と表示されていて、日本

人には見せたくない文書であることを示しています。

WGIPには、積極的に日本人を洗脳する作戦と、アメリカにとって都合の悪いことを

糊塗する作戦の二つの側面がありますが、この文書では、積極的に日本人を洗脳する作戦

の基本が書かれています。

この文書は、I、II、IIIの3部からなっており、第I部は、日本の戦争犯罪を定

義したものであり、極東国際軍事裁判(東京裁判)における、戦犯訴追の基本をなす、非

常に重要なものです。CIE文書の始めに出てくるということは、東京裁判が、WGIP

の1丁目1番地であることを示しています。

(図 1)