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[入門講座 刑法レジュメ 抜粋]
第 4章 財産に対する罪
第 3節 窃盗の罪
窃盗の罪は、窃盗罪、不動産侵奪罪のほか、親族相盗例の規定がある。窃盗罪を中心
に構成要件を整理しよう。
刑法第 235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は 50万円以下
の罰金に処する。
刑法第 235条の 2(不動産侵奪)
他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の懲役に処する。
1 .窃盗罪(235条、243条)
(1) 客体
窃盗罪の客体は、他人の占有する他人の財物である。自己の財物であっても、他人が
占有し、または公務所の命令により他人が看守するものであるときは、他人の財物とみ
なされ、本罪の客体となる(242条)。電気も財物とみなされる(245条)。
ア 占有の意義
窃盗罪にいう「占有」とは、財物に対する事実上の支配をいう。そして、占有は①占
有の意思(主観的要素)と②占有の事実(客観的要素)とから成り立つ。
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解説 刑法における占有概念
刑法上の占有は、民法上の占有よりも現実的な概念である。
(ア) 刑法上の占有は、「自己のためにする意思」(民法 180 条)は必要でなく、他人の
ために占有する場合も含まれる。
(イ) 刑法上、代理人による占有(民法 181条)は認められない。
(ウ) 刑法上の占有は、相続によって相続人に当然に移転するものではない。そこで、
「占有」という言葉に代えて「所持」という言葉を使うこともある。
イ 占有の判断基準
「占有」は、①占有の意思に基づき、②財物を事実上支配していることである。そし
て、事実上の支配の有無は社会通念に従うべきであり、財物の形状・性質に応じて、具
体的個別的に、①主観的な占有意思と②客観的な事実的支配とを総合的に判断しなけれ
ばならない。
(ア) 占有の意思は、財物を事実的に支配する意思である。
占有の意思は、必ずしも個々の財物に対する個別的・具体的な意思に限らず、通常
は、自己の支配する場所内にある財物一般に対する包括的・抽象的な意思で足りる。
財物に対する事実的支配が明確であれば、潜在的な意思でよい。しかし、財物との場
所的関係から事実的支配が稀薄な場合には、積極的な占有意思を要する。なぜなら、
占有の意思は事実的支配を補充する意味があるからである。
(イ) 占有の事実は、財物に対する事実的支配である。財物に対する事実的支配は、占有
者の物理的支配力の及ぶ場所内に財物が存在する場合のほか、社会通念上、その財物
の支配者を推知しうる状態にある場合を含む。
<中略>
判例 最判昭 32.1.18
事案:被害者はバスを待つ行列の移動中に傍らに置き忘れたカメラを約 5分後に 20メ
ートル離れたところで気づいたが、窃盗罪が成立するか。
判旨:「原判決が本件第一群判決挙示の証拠によって説示したような具体的状況…を客
観的に考察すれば、原判決が右写真機はなお被害者の実力的支配のうちにあっ
たもので、未だ同人の占有を離脱したものとは認められないと判断したことは
正当である。」
判例 最判平 16.8.25
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事案:被告人は、被害者が公園のベンチに置き忘れた現金を抜き取った。
判旨:「被告人が本件ポシェットを領得したのは、被害者がこれを置き忘れてベンチか
ら約 27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の
事実関係の下では、その時点において、被害者が本件ポシェットのことを一時
的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても、被害者の本
件ポシェットに対する占有はなお失われておらず、被告人の本件領得行為は窃
盗罪に当たる。」
コメント:本判決は、被害者の財物に対する占有継続を肯定したものである。
<研究> 最判平 16.8.25
<原審が重視した事実を確認してみよう>
・ 被害者が被害品の現実的握持から離れた距離及び時間は、極めて短かった。
・ 公園内にはそれほど人通りがなかった。
・ 被害者は置き忘れた場所を明確に認識していた。
・ 持ち去った者についての心当たりを有していた。
・ すぐさま携帯電話を使って所在を探り出す工夫をするなどして、まもなく被害品を被告
人から取り戻すことができている。
原審は以上の事実関係を重視して、占有を認めたのである。
しかし最高裁は、原審の判断ポイントには格別言及せず、被告人が被害品を領得したの
は、「被害者がベンチから 27 メートルしか離れていない場所まで歩いていった時点であ
った」という事実を新たに指摘し、被害者の被害品に対する占有はなお失われていなか
った、として窃盗罪の成立を認めた。原審が、被害者が被害品を取り戻すまでの事情を
検討しているのに対し、端的に被告人が被害品を領得した時点の事情に着目したためと
言える。
従来の判例は、時間や場所の近接性を検討し、被害品がなお被害者の実力的支配のうち
にあったと言えるかを判断してきたが、被害者が置き忘れてからいつの時点までの近接
性を問題にするのか(被告人の領得行為時までか、被害者が置き忘れに気がついた時点
までか、被害品を取り戻した時点までか等)については、判文上は必ずしもハッキリし
ていなかった。最判昭和 32 年 11 月 8 日の理由付けについても、①時間的・場所的近接
性を重視する見解と、②同事案では、行列が続いていることから他人の事実的支配の継
続を推認させる状況があったことを重要な根拠とする見解とがある。そのような中で、
本判決は、「被害者が置き忘れてから被告人の領得行為の時点までの時間的・場所的近接
性である」ことを明確にしたのである。
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解説 第三者の支配
置き忘れられた物でもその置き場所が所有者の実力的支配の及ぶ範囲内であれば、所
有者の占有に属するといえるが、電車から下車すれば、もはや所有者の実力的支配は電
車内には及びえないから、所有者の占有は認められない。しかし、その物を第三者(他
人)の排他的実力支配下に置き忘れられたときは、その管理人たる第三者に占有が移る
といえる。したがって、その物を取得すれば窃盗罪となる。もっとも、一般人の立入り
が可能であって、排他的実力管理が十分でない電車内に遺留された物は、直ちに第三者
に占有が移るとはいえない(占有離脱物となる)。したがって、その物を取得しても占有
離脱物横領罪にすぎない。
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[入門講座 刑事訴訟法レジュメ 抜粋①]
<研究>米子強盗事件
【最判昭和 53年 6月 20日】(米子銀行強盗事件)
一 原判決の認定した事実及び原判決の是認した第一審判決の認定した事実によれば、
本件の経過は次のとおりである。(一)岡山県総社警察署巡査部長大石益雄は、昭和四
六年七月二三日午後二時過ぎ、同県警察本部指令室からの無線により、米子市内におい
て猟銃とナイフを所持した四人組による銀行強盗事件が発生し、犯人は銀行から六〇〇
万円余を強奪して逃走中であることを知つた、(二)同日午後一〇時三〇分ころ、二人
の学生風の男が同県吉備郡昭和町日羽附近をうろついていたという情報がもたらされ、
これを受けた大石巡査部長は、同日午後一一時ころから、同署員の赤沢勇巡査長ら四名
を指揮して、総社市門田のマツダオート総社営業所前の国道三叉路において緊急配備に
つき検問を行つた。
(三)翌二四日午前零時ころ、タクシーの運転手から、「伯備線広瀬駅附近で若い二人
連れの男から乗車を求められたが乗せなかつた。後続の白い車に乗ったかもしれない。」
という通報があり、間もなく同日午前零時一〇分ころ、その方向から来た白い乗用車に
運転者のほか手配人相のうちの二人に似た若い男が二人(被告人と近藤有司)乗ってい
たので(吉野 注 緊急配備検問を実施し、本件車両を停車させたのである)、職務質問
を始めたが(吉野 注 車内の運転手等への職務質問は適法か)、その乗用車の後部座席
にアタツシユケースとボーリングバツグがあった(吉野 注 車内にあった)、(四)右
運転者の供述から被告人と近藤とを前記広瀬駅附近で乗せ倉敷に向う途中であることが
わかつたが、被告人と近藤とは職務質問に対し黙秘したので容疑を深めた警察官らは、
前記営業所内の事務所を借り受け、両名を強く促して下車させ事務所内に連れて行き、
住所、氏名を質問したが返答を拒まれたので、持つていたボーリングバツグとアタツシ
ユケースの開披を求めたが、両名にこれを拒否され、その後三〇分くらい、警察官らは
両名に対し繰り返し右バツグとケースの開披を要求し、両名はこれを拒み続けるという
状況が続いた、(五)同日午前零時四五分ころ、容疑を一層深めた警察官らは、継続し
て質問を続ける必要があると判断し、被告人については三人くらいの警察官が取り囲み、
近藤については数人の警察官が引張るようにして右事務所を連れ出し、警察用自動車に
乗車させて総社警察署に同行したうえ、同署において、引き続いて、大石巡査部長らが
被告人を質問し、赤沢巡査長らが近藤を質問したが、両名は依然として黙秘を続けた、
(六)赤沢巡査長は、右質問の過程で、近藤に対してボーリングバツグとアタツシユケ
ースを開けるよう何回も求めたが、近藤がこれを拒み続けたので、同日午前一時四〇分
ころ、近藤の承諾のないまま、その場にあつたボーリングバツグのチヤツクを開けると
大量の紙幣が無造作にはいつているのが見え、引き続いてアタツシユケースを開けよう
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としたが鍵の部分が開かず、ドライバーを差し込んで右部分をこじ開けると中に大量の
紙幣がはいつており、被害銀行の帯封のしてある札束も見えた、(七)そこで、赤沢巡
査長は近藤を強盗被疑事件で緊急逮捕し、その場でボーリングバツグ、アタツシユケー
ス、帯封一枚、現金等を差し押えた、(八)大石巡査部長は、大量の札束が発見された
ことの連絡を受け、職務質問中の被告人を同じく強盗被疑事件で緊急逮捕した、という
のである。
この判例は、論点が非常に多く、そのまま事例問題として出題できるほどである。論点
抽出のトレーニング素材に最適と言えよう。
<考えてみよう>
本件で、チャックを開ける行為と、アタッシュ・ケースをこじ開ける行為の順番が逆
だったらどうなるだろうか。
違法主張のポイントは数多くあるが、営業所事務所から署までの連行は、実質逮捕と言
え違法との主張(第 1審は違法判断、控訴審、最高裁は適法判断)、仮に身柄拘束が違法
では無いとしても、ボーリング・バック、アタッシュ・ケースを開披した行為は違法で
ある、との主張が特に強力な主張となりそうである。最高裁の判断は以下のとおり。
前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでに近藤有司を緊急逮捕することができる
だけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われて
いる本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、近藤を逮捕
する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同
一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれ
を排除すべきものとは認められず、これらを採証した第一審判決に違憲、違法はないと
した原判決の判断は正当である。
所持品検査としては「捜索」に至って違法だと言う原審判断を認めた上で、その違法性
が証拠能力に影響するか、という形で検討していることが分かる。
「アタッシュ・ケースのこじ開け行為」は、所持品検査として違法であろう。しかしそ
の前に、「ボーリングバッグを開披」した時点で、既に緊急逮捕の要件が備わっており、
仮に、その時点で緊急逮捕手続がとられていれば、アタッシュ・ケースの開披行為は、
逮捕に伴う(無令状)捜索として当然に許されることになるのである(判例の立場から
は、「逮捕の際」と言えればよく、逮捕前であっても問題視しないことになるからである。
最判昭和 36年 6月 7日参照)。
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[入門講座 刑事訴訟法レジュメ 抜粋②]
(4) 現行犯逮捕
ア 意義
現行犯逮捕とは、現に罪を行い、または現に罪を行い終わった者を逮捕することを
いう(212条 1項)。
犯罪と犯人の明白性、犯行と逮捕行為の時間的場所的接着性が要件となる。
解説 憲法 33条が現行犯逮捕を認めた趣旨
現行犯人にあっては犯罪と犯人の明白性が認められ、捜査上の必要性、令状を取得で
きない緊急性が認められ、かつ逮捕の理由が裁判官の審査を経るまでもなく明らかであ
るから、無令状での逮捕を認めても、何ら不当な人権侵害のおそれはない。そこで、憲
法 33条は、現行犯逮捕を令状主義の例外として認めた。
イ 要件
現行犯逮捕の要件は、令状主義の例外として、その要件は厳格に解される。すなわ
ち、①犯罪と犯人の明白性、②犯行と逮捕行為との時間的場所的接着性、③逮捕の必
要性である。
(ア) 犯罪と犯人の明白性(「現に」)
憲法 33条が令状主義の例外として現行犯逮捕を認めた趣旨から、誤認逮捕がない
と認められるだけの客観的状況が必要である。そこで、逮捕の時点で逮捕者にとっ
て被逮捕者が犯人であることが明白であることが要求される。逮捕できるのは犯行
を現認した者か、その代行と認められる者に限られる。
(イ) 犯行と逮捕行為との時間的場所的接着性
憲法 33条が令状主義の例外として現行犯逮捕を認めた趣旨から、誤認逮捕がない
と認められるだけの客観的状況が必要である。そこで、犯行と逮捕行為との間に誤
認逮描のおそれがない程度の時間的場所的接着性が要求される。この要件の判断基
準としては、単に①時間の経過や②場所的距離だけで判断すべきではなく、③逮捕
の状況において実質的に誤認逮捕の危険があるか否かによって判断される。例えば、
犯人と犯行現場を目撃した者が、その後一度も犯人を見失うことなく追跡を継続し
ていた場合は、その追跡が数時間・数キロに及んでいても誤認逮捕の危険はなく、
時間的場所的接着性の要件が肯定される。逆に、犯人が大勢の人込みに紛れてしま
いいったん犯人を見失った場合は、時間的場所的接着性は否定される。
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(ウ) 逮捕の必要性
現行犯逮捕においても、通常逮捕と同じく、逮捕の必要性が必要であると解する(通
説)。なぜなら、現行犯逮捕といえども強制的に身柄を拘束する処分であり、要件はで
きるだけ厳格に解すべきだからである。
判例 大阪高判昭 60.12.18
事案:タクシー運転手Aは、踏切立入禁止違反の嫌疑で警察官に停車を求められため、
逃走する態度はみせなかったが、違反行為について否認し、免許の提示も拒否
した。そこで、Bは、免許証を見せないなら逮捕すると告げて、現行犯逮捕し
た。
判旨:「現行逮捕も人の身体の自由を拘束する強制処分であるから、その要件はできる
限り厳格に解すべきであって、通常逮捕の場合と同様、逮捕の必要性をその要
件と解するのが相当である」
コメント:本判決は、現行犯逮捕の要件として、逃亡・罪証隠滅のおそれなどの逮捕
の必要性が要求されるとして、国家賠償請求を認容した。
ウ 手続
(ア) 逮捕の手続
何人でも逮捕状なしに逮捕できる(213 条)。ただし、一定の軽い犯罪は、犯人の
住居もしくは氏名が明らかでないか、または犯人が逃走するおそれがある場合に限
る(217条)。
(イ) 逮捕後の手続
① 通常人が現行犯を逮捕したとき、直ちにこれを検察官、司法警察職員に引き渡
さなければならない(214条)。
② 司法巡査が通常人から現行犯を受け取ったときは、速やかにこれを司法警察員
に引致しなければならない(215条)。
③ 逮捕後その他の手続はすべて通常逮捕と同じ(216条)。
判例 東京高判平 17.11.16
事案:被告人が、電車内で女子高生に痴漢行為をしたうえ、駅改札口を出てからも執
拗に同女につきまとっていたところ、同女から携帯電話で連絡を受けた父親に
現行犯人として逮捕された。現行犯逮捕の要件をみたすかが争われた。
判旨:「本件現行犯逮捕は、手続上は父親のみによる逮捕とされているが、女子高校生
と前期のとおり連絡を取り合い、犯人等に関して前記の程度の認識を持つに至
っていた父親が、女子高校生に協力する形で女子高校生に代わって逮捕という
実力行動に出たものといえ、実質的な逮捕者は、父親と女子高校生であると認
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めるのが相当である。そして、女子高校生との関係では、本件逮捕は、前記の
とおり『現に罪を行い終わった』との要件を満たしているから、現行犯逮捕と
しての適法性を備えていると解することができる」
コメント:現行犯逮捕としての適法性を備えているとした。
(5) 準現行犯逮捕
ア 意義
準現行犯逮捕とは、212条 2項各号のいずれかに該当する者について、罪を行い終わ
ってから間もないと認められる場合に逮捕することをいう。現行犯とみなされる(212
条 2項)。犯罪と犯人の明白性が弱いので、それを補充するための要件として 212条の
各号の要件が必要である。
解説 刑訴法が準現行犯逮捕を認めた趣旨
現に犯罪を実行中や犯罪終了の直後ではなくとも、罪を行い終わってから間がないと
明らかに認められ、212条 2項各号の列挙事由のいずれかに該当する場合であれば、現行
犯逮捕と同様に誤認逮捕のおそれは少ない。そこで、法はこれを現行犯に準じるものと
して、無令状逮捕を許容した。すなわち、準現行犯逮捕も、狭義の現行犯逮捕と同様に、
犯罪と犯人の明白性が認められ、捜査上の必要性、令状を取得できない緊急性が認めら
れ、かつ逮捕の必要性があることから、令状主義の例外とされたのである。
イ 要件
準現行犯逮捕の要件も、令状主義の例外として、その要件は厳格に解される。すな
わち、①犯罪と犯人の明白性、②犯行と逮捕行為との相当程度の時間的場所的接着性、
③212条 2項各号に該当する、④逮捕の必要性である。
(ア) 犯罪と犯人の明白性
(イ) 犯行と逮捕行為との相当程度の時間的場所的接着性
(ウ) 212条 2項各号のいずれかに該当すること
犯行との時間的・場所的接着性、犯罪と犯人の明白性を担保するため、212 条 2 項
各号のいずれかに該当することが要求されている。
<212条 2項各号>
① 犯人として追呼されているとき(1号)
ex.「泥棒」と呼ばれて追いかけられているとき
② 賍物または明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持し
ているとき(2号)
ex.手に血がついた刃物を持っているとき
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③ 身体または被服に犯罪の顕著な証跡があるとき(3号)
ex.顔面に傷跡があったり、血こんが付着した洋服を着ていたりしたとき
④ 誰何されて逃走しようとするとき(4号)
ex.職務質問で名前を聞かれて逃げ出そうとしたとき
* 4 号はその者が犯人である可能性は薄いことから、逃走以外の客観的状
況があってはじめて罪を行い終わって間がないことが認定されなければな
らないとされる。
(エ) 逮捕の必要性
判例 西宮恐喝未遂事件/京都地決昭 44.11.5
事案:警察官が、被害者の 110 番通報により犯人を現場付近で探したところ、犯行の
約 10 分後、被害者方より約 20 メートル離れた路上において、被害者から聴取
した犯人の人相、年齢、服装とよく似た風体の被疑者を発見した。そこで、警
察官らは直ちに被疑者に対し職務質問を実施したが、被疑者が犯行を否認した
ので、その場に被害者の同行を求めて被疑者と対面させたところ、被疑者が犯
人に間違いない旨の供述が得られたため、被疑者を現行犯逮捕した。
判旨:『司法巡査が被疑者を現行犯逮捕』したのは、犯行時よりわずか 20 数分後であ
り、その逮捕場所も犯行現場からわずか 20数メートルしか離れていない地点で
あったのであるが、逮捕者である司法巡査とすれば犯行現場に居合わせて被疑
者の本件犯行を目撃していたわけでなく、またその逮捕時において被疑者が犯
罪に供した凶器等を所持しその身体、被服などに犯罪の証跡を残していて明白
に犯人と認めうるような状況にあったというわけでもないのであって、被害者
の供述に基づいてはじめて被疑者を本件被疑事実を犯した犯人と認めえたとい
うにすぎないのである。なお、被疑者は、司法巡査の職務質問に際して逃走し
ようとしたこともなく、また犯人であることを知っている被害者自身からの追
跡ないし呼号を受けていたわけでもない。以上によれば、司法巡査が被害者の
供述に基づいて被疑者を「現行犯逮捕」した時点においては、被疑者について
緊急逮捕をなしうる実体的要件は具備されていたとは認められるけれども、現
行犯逮捕ないしは準現行犯逮捕をなしうるまでの実体的要件が具備されていた
とは認められないといわなければならない。」
コメント:本決定は、現行犯逮捕または準現行犯逮捕の要件をみたさないとしたケー
スである。
判例 和光大学内ケバ事件/最決平 8.1.29/百選 15
事案:傷害現場から約 4 キロメートル離れたところで、警察官がXを見つけた。X の挙
動、姿態を見て、警察官が職務質問のため停止を求めたところ、Xは逃げ出し
たので、約 300メートル追跡して追い付き、準現行犯人として逮捕した。
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Y、Zについて、約 1時間 40分を経過したところ、犯行現場から約 4キロメ
ートル離れた路上で、警察官が泥で汚れた両名を発見した。警察官が、職務質
問のため停止を求めたところ、Y、Zは逃げ出したので、数十メートル追跡し
て追い付き、その際、Y、Zらの髪が濡れ、靴は泥で汚れ、Zは顔に傷があり、
血の混じったつばを吐いているなどの事情があったため、両名を準現行犯人と
して逮捕した。
判旨:「原判決の認定によれば、被告人Xについては、…職務質問のため停止するよう
求めたところ、同被告人が逃げ出したので、約 300メートル追跡して追い付き、
その際、同被告人が腕に篭手を装着しているのを認めたなどの事情があったた
め、同被告人を本件犯行の準現行犯人として逮捕したというのである。また、
被告人Y、Zについては…、同被告人らが小走りに逃げ出したので、数十メー
トル追跡して追い付き、その際、同被告人らの髪がべっとりぬれて靴は泥まみ
れであり、被告人Zは顔面に新しい傷跡があって、血の混じったつばを吐いて
いるなどの事情があったため、同被告人らを本件犯行の準現行犯人として逮捕
したというのである。」「いずれも刑訴法 212 条 2 項 2 号ないし 4 号に当たる者
が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものとい
うことができる」とした。
コメント:本決定は、犯罪と逮捕との間に時間的・場所的隔たりがある場合でも、準
現行犯逮捕を認めたケースである。
ウ 準現行犯逮捕の合憲性
憲法 33 条は令状主義の例外として現行犯だけを掲げ、準現行犯については触れてい
ないので、その合憲性が問題となる。
準現行犯の概念は旧法以来伝統的に認められてきたものであり、刑訴法 212条 2項に
規定されている厳格な要件の下に認めるならば、現行犯と同じく犯罪と犯人の明白性が
認められ、誤認逮捕のおそれはないから、憲法が許容するものであると解される。
エ 手続
現行犯逮捕と同じ
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<研 究>
1.現行犯逮捕
・犯人が現に罪を行い終わったという状況にあるかどうかの判断要素について(時間的
接着性、場所的接着性、その他の要素)
時間の経過、場所の隔たり、その間の見通し状況、屋内外の別、周辺の住宅等の密
集程度、人通りの程度、被害者と犯人を含む関係者らの外見・言動、犯罪の痕跡の
有無・程度などを考慮する。
・犯罪の重大性そのものが時間的接着性要件を緩和するわけではないことに注意(重大
事件だから、時間的接着性は緩やかに解して良い、というわけではないということ)。
重大な犯罪の場合は、犯罪の生々しい痕跡が残っている範囲が一般的に時間的・場所的
に広くなることが多いため、客観的状況が結果的により長く存続するに過ぎない。
・犯行終了時点から逮捕しようとする時点までの時間が経過していなければ、それだけ
場所も離れず、犯行終了時の状況がそのまま続いている場合が多くなる。また、犯行か
ら時間があまり経過していなければ、場所が多少離れることになっても、犯行終了時の
状況が存続していることが多いであろう。そのような場合には、犯罪と犯人の明白性を
担保する客観的状況があると言える。
・犯行終了時点から逮捕時点までに多少時間が経過すると、それだけ犯行現場と逮捕現
場が離れ、犯行終了時の状況がそのまま続いている場合が少なくなるから、現に罪を行
い終わった犯人とは認めがたくなる。逆に場所が異ならない場合には、時間が多少経過
しても犯行終了時の状況が続いていると認められる事が多いであろう。もっとも、場所
が多少離れても、犯行終了時の状況が続いていると認められることもある(そのような
特段の事情の認定が必要であるが)。
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・時間がかなり経過し、場所も離れて、犯行後の状況が存続しているとは認められない
状態に至れば、現に罪を行い終わったと言えなくなる。
2.準現行犯逮捕(212条2項)
条文上、「左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認めら
れるときは、これを現行犯人とみなす」とあるので、まず、1号~4号に該当するか
どうかの認定をすること。その後に、明白性要件の検討に入ることになる。
・「間がない」と言える程には犯罪の実行行為の終了時点に相当接近している必要がある
・「間がないこと」は、逮捕者にとっても「明らかに認められる」ことが必要であるから、
時間的接着性という要素のみで、判断されるものではない。「明らかに認められる」と
言えるかどうかは、逮捕者がそれまで得ていた事前情報に加え、条文各号に該当する
事実を含むその場の具体的状況などの要素を考慮して判断する。
・逮捕しようとする場所が犯行現場から離れていない場合には、ある程度の時間が経過
しても、犯罪と犯人の明白性を担保する状況が存続している場合が多い。例えば、深夜
で人通りが少ないとか、周辺の人家が疎らであるというような事情があって、いまだに
「一つの場所」から出ていないと考えられる場合は、ある程度の時間内であれば犯罪と
犯人の明白性が減少しないから認められやすい。明白性要件は、「犯人を誤認するおそ
れがあるかないか」を判断する要件だからである。
・時間が経過し、場所が離れるほど、犯人の明白性は薄れることになるが、例外的に、
犯人の特徴が明瞭な場合や特異な場合には、人込みに紛れても明白性が保たれ、「間が
ないと明らかに認められる」こともある。この場合も、「犯人誤認のおそれがあるかど
うか」という観点から限界を見極めることになる。
・1号「犯人として追呼されているとき」は、追呼されていれば、通常はそのこと自体
によって、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるから、時間的・場所的
近接性を検討するまでもないことが多い。犯人誤認のおそれがそもそもないからである。
・犯人として追跡又は呼称されている事を意味するが、この事由が犯罪と犯人の明白性
を客観的に担保するものであることに照らし、その者が犯人であると明確に認識してい
る者から逮捕を前提として追跡又は呼称されていることを要する。誰かに追跡呼称され
ていれば良いというわけではない。
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・①被害者が犯人を追跡せず直ちに警察に通報し、現場に赴いた警察官が付近を捜索し
て犯人と思われる者を確保し、被害者から犯人との指示を得て逮捕する場合や、②被害
者自身がその後犯人を発見し、その指示を得て警察官が逮捕する場合に、追呼と認めら
れるだろうか。犯行終直後から逮捕時まで追呼が終始継続していることまでの必要はな
いものの、連続的に追呼されていると認められる状況が必要と考えるべきである。した
がって、まず被害者が一旦犯人を見失っても、被害者又は警察官が犯人を発見するまで
に、時間的にも場所的にもあまり離れていない場合は、犯人の明白性の存続を保障する
客観的状況があると考えられるので、なお連続的に追呼されているものと認めて良い。
逆に、犯人を見失ってから発見するまでに犯人と他の者とを混同させるような事情が介
在すれば、連続的に追呼されているとは認め難くなる。この点も「犯人誤認のおそれの
有無」という観点から限界付されるのである。