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IVS vs UCS 安岡孝一 1 はじめに IVS Windows 8 Mac OS X で大々的にサポートされた結果、これまで「文字 コードのレベルでは見分けることができない」とされてきた軽微な字体差が、何と なく交換可能になってきた気がする。すなわち「葛」と「 」の差が、 <845B E0100> <845B E0101>という IVS によって、表現し分けられるような気がしてきたので ある。同様に、「喝」と「 」の差は、 <559D E0100><559D E0101>で、「謁」と 」の差は、 <8B01 E0101><8B01 E0100> で、それぞれ表現し分ければいい。あ る意味、便利な時代になったと言えるだろう。 2 渇との問題 ところが、そのような IVS による字体差表現から、ポツンと取り残されてしまっ た部分がある。いわゆる原規格分離 に関わる部分で、例を挙げるなら「渇」と「だ。「渇」と「 」の差は、 IVS ではなく、従来どおり 6E07 6E34 という UCS ベルの差で表現される。あえて IVS で表現したとしても、<6E07 E0100><6E34 E0100> であり、 IVS で表現し分けるわけではないのだ。同様に「掲」と「 」の差 も、63B2 63ED という UCS レベルの差で表現される。 <6E07 E0100> <6E34 E0100> <63B2 E0100> <63ED E0100> <5048 E0102> <5048 E0101> <559D E0100> <559D E0101> <559D E0102> <559D E0103> <6112 E0102> <6112 E0101> <66F7 E0102> <66F7 E0101> <6B47 E0102> <6B47 E0101> <78A3 E0102> <78A3 E0101> <7AED E0102> <7AED E0101> 京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター Charts for the Unicode Ideographic Variation Database, Unicode Inc. (March 2, 2012) ISO/IEC 10646 Annex S.3

IVS vs UCS - 京都大学kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~yasuoka/publications/2013-03...2013/03/15  ·

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  • IVS vs UCS

    安岡孝一∗

    1 はじめにIVS†がWindows 8やMac OS Xで大々的にサポートされた結果、これまで「文字

    コードのレベルでは見分けることができない」とされてきた軽微な字体差が、何となく交換可能になってきた気がする。すなわち「葛」と「葛」の差が、とという IVSによって、表現し分けられるような気がしてきたのである。同様に、「喝」と「喝」の差は、とで、「謁」と「謁」の差は、とで、それぞれ表現し分ければいい。ある意味、便利な時代になったと言えるだろう。

    2 渇と渴の問題ところが、そのような IVSによる字体差表現から、ポツンと取り残されてしまった部分がある。いわゆる原規格分離‡に関わる部分で、例を挙げるなら「渇」と「渴」だ。「渇」と「渴」の差は、IVSではなく、従来どおり 6E07と 6E34というUCSレベルの差で表現される。あえて IVSで表現したとしても、とであり、IVSで表現し分けるわけではないのだ。同様に「掲」と「揭」の差も、63B2と 63EDというUCSレベルの差で表現される。

    ∗京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター†Charts for the Unicode Ideographic Variation Database, Unicode Inc. (March 2, 2012)‡ISO/IEC 10646 Annex S.3

  • この事実は、IVSを用いた漢字システムを設計・開発する際に、途方もないヤヤコシサを引き起こす。常識的に考えれば、「謁」と「謁」を検索上で同一視するシステムでは、「渇」と「渴」も同一視すべきだろう。逆に、「渇」と「渴」を分け隔てて処理するような局面では、「謁」と「謁」も分け隔てて処理すべきだろう。ところが、そう言うのは簡単だが、実現は途方もなく困難だ。片や IVSレベルの差で、片やUCSレベルの差なのだ。

    3 飲と飮の問題同様の問題を内包しているのが、「飲」と「飮」だ。食へんの新旧は、ほぼ全て

    の漢字において IVSの差として表現されているが、「飲」と「飮」だけは、98F2と98EEというUCSレベルの差になっているのだ。

  • これは、JIS X 0208において、どういうわけか「飲」と「飮」に別々の区点番号が付与されていたことに、その原因がある。もともと食へんの新旧はUCSでは統合されることになっていたのに、原規格分離を日本が主張したために、UCSにおいても「飲」と「飮」だけが別々になってしまったのだ。不幸な歴史の結果だが、

  • まあ、98F2と 98EEだけを特別に処理するしかないだろう。

    4 研と硏の問題原規格分離は、日本の規格にだけ適用されたわけではない。たとえば「研」と

    「硏」は、台湾のCNS 11643で別々の文字コードが付与されていたために、UCSにおいても 7814と 784Fという別コードとなってしまった。

    ただし、CNS 11643では「 」と「 」にも、別々の文字コードが付与されている。ところが、これらはUCSレベルでは統合されていて、と

  • E0101>という IVSレベルで見分けなければならない。原規格分離が必ずしも徹底されているわけではない、ということである。

    5 温と溫の問題同様に「温」と「溫」は、CNS 11643で別々の文字コードが付与されていたた

    めに、UCSにおいても 6E29と 6EABという別コードとなってしまった。あるいは「鰛」と「鰮」は、JIS X 0208で別々の区点番号が割り当てられていたために、UCSにおいても 9C1Bと 9C2Eという別コードとなってしまった。

    ただし、CNS 11643では「 」と「 」にも、別々の文字コードが付与されている。ところが、これらはUCSレベルでは統合されていて、とという IVSレベルで見分けなければならない。原規格分離が必ずしも徹底されているわけではない、ということである。

  • 6 横と橫の問題「横」と「橫」は、UCSレベルにおいて 6A2Aと 6A6Bという別々の文字コードとなってしまっている。一方、「黄」と「黃」を部品とするその他の文字は、いずれも IVDレベルでの差となっている。「横」と「橫」の 6A2Aと 6A6Bを、特別に処理するしかないだろう。

  • 7 渉と涉の問題「渉」と「涉」は、UCSレベルで 6E09と 6D89という別々の文字コードが付与されている。一方、「歩」と「步」を部品とするその他の文字は、いずれも IVDレベルでの差となっている。「渉」と「涉」の 6E09と 6D89を、特別に処理するしかないだろう。

    8 説と說の問題「説」と「說」は、UCSレベルで 8AACと 8AAAという別々の文字コードが付与されている。一方、「 」と「 」は、UCSレベルでは 54FEに統合されていて、見分けるためには IVSが必要である。

  • 「 」と「兌」を部品とする文字は、UCSレベルで分離されているものと、IVSレベルで分離されているものが、拮抗しているように思える。どう考えても、ケースバイケースで処理するしかなく、かなりヤヤコシイことこの上ない。

    9 錬と鍊の問題「棟」と「楝」は、UCSレベルで 68DFと 695Dという別々の文字コードが付与されている。一方、「練」と「練」は、UCSレベルでは 7DF4に統合されていて、見分けるためには IVSが必要である。つまり、部品としての「東」と「柬」は、文字によって扱いが違う。というのも、そもそも「東」と「柬」を部品とする文字どうしは、時には別字となったり、時には異体字となったりする。別字の場合には、かなりの確率でUCSレベルでの分離がおこなわれてしまう。異体字の場合には、IVSレベルでの分離になる場合が多いが、必ずしもそうなるとは限らない。たとえ異体字であっても、「錬」と「鍊」のようにUCSレベルで分離されてしまう場合もあるからだ。ケースバイケースで処理しなければならない、という点で、非常にヤヤコシイ。

  • 10 鄕と郷の問題「鄕」と「郷」の関係は、正直わけのわからないことになっている。とという IVSレベルの差としても表せるし、とという UCSレベルの差でもあるのだ。これは、Adobe-Japan1と Hanyo-Denshiとの間で、異なる立場を採用してしまったことに起因する。すなわち、Adobe-Japan1はとというUCSレベルの差を採用したのに対し、Hanyo-Denshiはとという IVSレベルの差を採用しているのだ。その結果「IVS vs UCS」とも言える対立が発生していて、どちらを使うかはユーザ次第という、かなり悲しい事態となっている。

  • 11 併と併の問題「併」と「併」の関係も、かなりわけがわからない。とという IVSレベルの差としても表せるし、とというUCSレベルの差でも表せるのだ。まあ、もともとの部品である「并」と「幷」が、5E76と 5E77というUCSレベルの差なので、「併」と「併」もUCSの差として表した方が、あるいはスジがいいのかもしれない。

  • 12 杞と杞の問題「杞」と「杞」は、悲しい歴史を背負っている。これは元々、Adobe-Japan1が、

    とという IVSレベルの差だとしていたものだ。しかし、「杞」が233CCに既収録であるとの指摘を受けて、にも同じ「杞」を追加登録したものである。したがって、Adobe-Japan1としては、現在はとというUCSレベルの差を使ってほしいのだが、歴史的経緯もあって、とという IVSレベルの差でもかまわない、ということにしているのである。今後も、こういう「IVS vs UCS」的な追加がおこなわれる可能性は十分にあって、正直なところ気が重い。

  • 13 㗴と の問題「間」と「閒」は、UCSでは別コードの9593と 9592となっている。「間」と「閒」を部品として含む文字も、それぞれUCSレベルで別コードとなっている。ところが、「㗴」と「 」だけは、とという IVSレベルでの差となっている。実は、JIS X 0213の「㗴」をUCSに追加提案する際、うっかり35F4に統合してしまったのだが、今にして思うと、あれはミスだったのではないかという気がしてならない。

  • 14 おわりに同一の字体差が、IVSレベルでの分離となったり、UCSレベルでの分離となった

    りする場合を、いくつかの例について見てきた。UCSと IVSが、それぞれ行き当たりばったりに拡張されてきた結果、こういうヤヤコシイことになっているのである。ただ、こうなってしまった以上、もはや、これらをスッキリさせるのは難しく、あるがままにケースバイケースで処理するしかない、という点が、何とも気が重い。なお、本稿では、あくまで現時点で筆者の目にとまった文字のうち、IVSが定義されているものだけを示しており、全ての「IVS vs UCS」な関係を網羅しているわけではない。今後も作業を続けたいとは思うが、そもそも網羅不可能ではないかと思えるほどの文字を扱わねばならず、たとえば「IVSに対する IDS記述」のような、何かうまいやり方を、今後は見つける必要があるように思う。