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早稲田商学学生懸賞論文 要旨 ※以下に、1 35 字・800 字以内で要旨をまとめてください。 同攻会記入欄 書類番号 受付番号 地震が株式市場に与える影響 ―国民性による差異の考察― 金丸真帆、鈴木翔真、駄賀智香、王思涵 要旨 本稿の目的は、「地震」という不確実なイベントの株式市場に与える影響が国 民性によって異なることを実証分析によって明らかにすることである。経済学 者フランク・ナイトは、発生するイベントの確率分布や規模が分からない不確 実性を真の不確実性と定義した。その真の不確実性が投資家の心理に作用し株 式市場に影響を与えるか否かについて、近年様々な議論が行われている。リー マンショックに代表される真の不確実性を持つ出来事が多く起こる中、真の不 確実性の例として我々は地震に着目する。地震が株式市場に与える影響につい ての先行研究は数多くあるが、それらに共通した結論は未だ出ていない。また、 日本で地震が発生した際の日本の株価変動と、チリで同規模の地震が発生した 際のチリの株価変動に差異が見られた。我々は、行動ファイナンスの観点から 地震時の投資家の心理に注目し、国ごとの株価の変動の差異が国民性の違いに よるものであると考える。これを明らかにすべく、ホフステッドの国民性指標 の中で IDV(個人主義)、UAI(不確実性回避選好)、LTO(長期志向)の 3 に注目し回帰分析を行う。扱うデータの期間は 1987 年から 2017 年の 31 年間 である。地震と国民性指標の両方のデータが揃う 32 か国を分析対象とし、 MSCI 株価指数から算出した各国の日次株式収益率を用いて分析する。分析の結果、 地震が株式市場に与える影響と 3 つの国民性はそれぞれ有意に関係することが 明らかになった。個人主義でない国(集団主義的な国)、不確実性回避の傾向が 強い国、長期志向でない国(短期志向な国)ほど地震発生時に株式収益率が大 きく下落する。つまり、地震が地震発生国の株式市場に与える影響は国民性に よって異なる。本稿の発見は、地震に限らず金融危機やテロ、自然災害など真 の不確実性を持つイベントの株式市場に与える影響が、イベント発生国の国民 性によって異なる可能性を示唆している。

stock eq final - Waseda University早稲田商学学生懸賞論文 本文 ※以下に、表題、本文、図表、注、参考文献を25枚以内で記述してください。

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早稲田商学学生懸賞論文 要旨

※以下に、1行 35字・800字以内で要旨をまとめてください。

同攻会記入欄 書類番号 受付番号

地震が株式市場に与える影響 ―国民性による差異の考察―

金丸真帆、鈴木翔真、駄賀智香、王思涵

要旨 本稿の目的は、「地震」という不確実なイベントの株式市場に与える影響が国

民性によって異なることを実証分析によって明らかにすることである。経済学

者フランク・ナイトは、発生するイベントの確率分布や規模が分からない不確

実性を真の不確実性と定義した。その真の不確実性が投資家の心理に作用し株

式市場に影響を与えるか否かについて、近年様々な議論が行われている。リー

マンショックに代表される真の不確実性を持つ出来事が多く起こる中、真の不

確実性の例として我々は地震に着目する。地震が株式市場に与える影響につい

ての先行研究は数多くあるが、それらに共通した結論は未だ出ていない。また、

日本で地震が発生した際の日本の株価変動と、チリで同規模の地震が発生した

際のチリの株価変動に差異が見られた。我々は、行動ファイナンスの観点から

地震時の投資家の心理に注目し、国ごとの株価の変動の差異が国民性の違いに

よるものであると考える。これを明らかにすべく、ホフステッドの国民性指標

の中で IDV(個人主義)、UAI(不確実性回避選好)、LTO(長期志向)の 3 つ

に注目し回帰分析を行う。扱うデータの期間は 1987 年から 2017 年の 31 年間

である。地震と国民性指標の両方のデータが揃う 32か国を分析対象とし、MSCI

株価指数から算出した各国の日次株式収益率を用いて分析する。分析の結果、

地震が株式市場に与える影響と 3つの国民性はそれぞれ有意に関係することが

明らかになった。個人主義でない国(集団主義的な国)、不確実性回避の傾向が

強い国、長期志向でない国(短期志向な国)ほど地震発生時に株式収益率が大

きく下落する。つまり、地震が地震発生国の株式市場に与える影響は国民性に

よって異なる。本稿の発見は、地震に限らず金融危機やテロ、自然災害など真

の不確実性を持つイベントの株式市場に与える影響が、イベント発生国の国民

性によって異なる可能性を示唆している。

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早稲田商学学生懸賞論文 本文 ※以下に、表題、本文、図表、注、参考文献を 25枚以内で記述してください。

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1. はじめに

本稿の目的は、「不確実なイベントである地震が発生国の株式市場に与える

影響は、その国の国民性によって異なる」ということを実証分析によって明ら

かにすることである。

不確実性とは定義が曖昧なものであるが、我々は経済学者フランク・ナイト

の定義に注目する。彼は不確実性を 2 つに分類した 1。どのイベントが起こるか

は予測できないが、イベントの規模やその確率分布が既知である不確実性のこ

とをリスクと定義した。サイコロの出る目の不確実性はこちらに分類される。

サイコロを振ったとき、1 から6の目が6分の 1 の確率で同様に確からしく出

ることが分かっているからである。一方、イベントの規模やその確率分布がわ

からない不確実性を真の不確実性と定義した。そして、この真の不確実性が投

資家や株式市場にどのような影響を与えるかについて近年注目が集まっている。

例えば Illeditsch(2011)は、真の不確実性を避けたいという投資家心理が

ポートフォリオのボラティリティを高めていると結論付けている。また、Zhang

et al.(2010)は真の不確実性がストックオプションの価値に有意な影響を与

えていることを示している。真の不確実性を表すイベントの例として、2008

年のリーマンブラザーズの破産による世界的金融危機がある。この金融危機は

突発的で類を見ない規模の金融危機であったため、当時の投資家は戸惑い、不

安を募らせた。結果として、イベント発生国であるアメリカをはじめとする世

界中の株式市場で大混乱が発生した2。

金融危機と同様に真の不確実性に分類されるイベントの中で、我々は地震に

注目する。地震の発生時刻や場所、規模を正確に予測することは現在の技術で

は不可能であるため、地震は真の不確実性のイベントとして適格であると考え

る。実際に 2011 年に発生した東日本大震災は、株式市場に大きな影響を与え

た。予想外の大規模な地震に対して投資家の不安が募り、地震発生後の日本の

1 Machina and Siniscalchi(2013)を参照。 2 Luchtenberg and Viet Vu(2015)を参照。

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株式市場の株価は暴落した(図表 1)。

図表 1 東日本大震災時の株価の動き

しかし、地震が株式市場に与える影響を検証した先行研究では、その影響の

有無について明確な答えが出ていない。Shan and Gong(2012)は、中国四川

地震が中国市場の株式収益率を下落させるとの結果を提示した。しかし、

Ferreira and Karali(2015)は、35カ国について地震が株式収益率に与える影

響を調査したが、いずれの国でも有意な関係性は見られなかった。つまり、地

震が株式市場に影響を及ぼすかどうかは未だ明らかになっていないのが現状で

ある。先述の東日本大震災による株価の大暴落に対し、2015年9月16日のチリ

沖地震ではチリの株価は比較的下落しなかった(図表2)。この2つの地震は同

規模であるにも関わらず、株式市場の反応は異なっている。このことから、地

震に対する投資家の反応は国によって異なり、株式市場への影響も異なると考

えられる。

460

480

500

520

540

560

580

600

-3 -2 -1 0 1 2 3

注:1.株価は日本MSCI株式指数を用いた。

2.地震発生当日を0とした。

経過日数

価格(US$)

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図表 2 チリ沖地震時の株価の動き

我々は真の不確実性を持つ地震というイベントが投資家の心理に影響し、そ

の影響の度合いが国民の気質によって異なると予想する。そして本稿では人々

の心理を構成する要素として各国の国民性に注目し、地震が株式市場に与える

影響と国民性の関係について実証分析を行う。

実証分析では、ホフステッドの国民性指標3の中で、地震という不確実なイベ

ントと関連すると考えられる Individualism(個人主義)、Uncertainty

Avoidance Index(不確実性回避選好)、Long-Term Orientation(長期志向)

を用いる。株価データの期間は 1987 年から 2017 年の 31 年間である。分析対

象は地震と国民性指標のデータが揃う世界 32 カ国とし、被説明変数として

MSCI 株価指数から算出した各国の日次株式収益率を用いる。地震を表す説明

3 ホフステッドの国民性指標については、Hofstede et al.(2010)を参照。

3920

3940

3960

3980

4000

4020

4040

4060

-3 -2 -1 0 1 2 3

注:1.株価はチリMSCI株式指数を用いた。

2.地震発生当日を0とした。

経過日数

価格(US$)

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変数には地震ダミー(地震発生日に 1 となるダミー変数)と地震のマグニチュ

ード、地震の被災額を用いる。分析の結果、地震発生国の国民性によって、地

震が株式市場に与える影響が異なるということが示された。このことから、真

の不確実性に分類されるイベントが株式市場に与える影響は、イベント発生国

の国民性によって変化すると考えられる。

本稿の貢献は、真の不確実性を持つ地震というイベントの株式市場に与える

影響が国ごとに異なることを明らかにした点である。また、この影響の差異が

国民性の違いによって生じることを示すことで、地震が株式市場に与える影響

の規則性を見いだした点である。これは他の先行研究では見られない新しい発

見である。

本稿の構成は以下のとおりである。まず第 2 節で研究の背景を述べる。第 3

節では我々が立てた仮説を紹介する。第 4 節で分析に用いるデータとモデルを

示し、第 5 節において仮説に対する実証分析の結果を報告する。最後に、第 6

節では分析結果を踏まえて本稿の総括を述べる。

2. 研究の背景

真の不確実性を持つイベントである地震が株式市場に与える影響については、

多くの議論が行われてきた。Pourya and Berna(2017)は、2011年の東日本

大震災が国内外の株式市場にもたらした影響を19の産業で調査し、日本国内の

株式収益率が震災後に下落することを示した。Shan and Gong(2012)では、

中国四川地震の後に中国国内の市場の株式収益率が下落するという結果が得ら

れている。さらにWorthington and Valadkham(2004)においても、オース

トラリアで起きた地震などの自然災害が同国の株式収益率を下落させることが

示された。一方で、地震による株式市場への影響が見られないことを示した研

究も存在する。Ferreira and Karali(2015)は、35カ国について調査したが、

いずれの国でも地震が株式収益率に与える影響は見られなかった。つまり、地

震発生が株式市場に影響を与えるか否かについては様々な実証結果が報告され

ており、現時点では明確な答えは存在していない。そこで本稿では、行動ファ

イナンスに注目することで、地震と株式市場の関係を明らかにしようと試みる。

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これまでの先行研究には、地震に対する投資家の心理状態を考慮したものは

我々の知る限り存在しない。また、前節で提示したチリ沖地震と東日本大震災

は同規模の地震であるにも関わらず、株価の動きは異なっていた。この違いを

理解するためにも、投資家の心理状況を分析する必要があると考える。

行動ファイナンスに注目するにあたり、まず伝統ファイナンスの概念を述べ

る。伝統ファイナンスとは、投資家が経済合理性に基づいて投資判断を行うこ

とで市場は効率的に働いているという「効率的市場仮説」に基づく理論である。

一方行動ファイナンスは、人の心理に注目し、金融行動において「人はどのよ

うに意思決定し行動するのか、なぜ時として非合理的な行動をするのか」を研

究する「行動経済学」に基づく理論である(野村証券:証券用語解説集)。近年、

行動ファイナンスに注目する研究は増えており、株価と投資家心理の関係に注

目が集まっている。例えば、Saunders and Edward(1993)は晴れの日には投

資家の気分が高揚し株価は高くなると結論付けている。晴れの日に株価が上が

ることは、従来の伝統ファイナンスの考え方では説明できなかったものである

が、気分が高揚するという投資家の心理に注目することでそのメカニズムが明

らかになっている。また、Dolan(2002)と Bollen et al.(2011)は人々の心

理が投資家の意思決定や思考プロセスに影響を与え、株価を決定しうると結論

付けた。

これらの論文から、株価は投資家の心理状態によって影響を受けると考えら

れる。我々は、この心理状態と株価の関係性は地震発生時においても同様に当

てはまるものであると考える。Bloom and Farrager(2011)は、地震が人々

の心理を不安定にすることを報告している。また、日本経済新聞の2011年3月

14日の夕刊4には、同年3月11日に発生した東日本大震災によって株価が大幅に

下落したと記載されている 5。同年3月15日の日本経済新聞朝刊6でも、地震の被

4 日本経済新聞、「ほぼ全面安の展開に」、2011年3月14日夕刊、5頁。

5 地震発生数日後も株価は影響を受けると考えられるが、本稿では地震発生翌日の株価の動きに注目する。被害が明らかになっていない不確実な状況下での

株価の動きを考察するためである。 6 日本経済新聞、「投資家心理萎縮」、2011年3月15日朝刊、4頁。

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害が依然として明らかにされていない状況が投資家を不安にさせ、株式の取引

量が減少したと記述がある。これらの先行研究や新聞記事から、地震は人々の

心理に影響を及ぼし、株式売買行動にも影響を与えると考えられる。そのため、

投資家心理は地震発生時の株価の変動を考える際に無視できないものだと言え

よう。

そして本稿では、投資家心理を捉える際に、各国の人々の心理を構成する要

素である国民性に注目する。これまでも多くの論文で、各国の国民性と金融の

関係が分析されてきた。Aggarwal and Goodell(2009)は、ホフステッドの国

民性指標のひとつであるUncertainty Avoidance Index(不確実性回避選好)

が市場の取引コストに影響を与えることを示している。またCui et al.(2010)

は、同じくホフステッドの指標であるIndividualism(個人主義)の国民性が、

モメンタム戦略のもとでの利益や取引量と正の関係があると述べている。これ

らの論文は、国民性が各国の金融市場の動向に差異を生むことを示唆している。

前節で述べたように、2011年の東日本大震災では日本国内の株価が大暴落し

たが、2015年のチリ沖地震ではチリ国内の株価は前者ほど下落していない。ま

た、Ferreira and Karali(2015)7の分析結果より、地震が株式収益率に与え

る影響は国ごとに異なる可能性が見られる。そこで我々は、国ごとの地震発生

時における株価変動の違いが各国の国民性によって説明できるのではないかと

考える。

以上をまとめると、地震は投資家の心理に影響し株式収益率を下落させる可

能性がある。加えて国民の気質、つまり国民性によって各国の地震発生時にお

ける株式収益率の下落の程度が異なると考えられる。本稿では、先行研究で多

く用いられているホフステッドの国民性指標の中から、地震という不確実なイ

ベントと関連すると考えられる Individualism(個人主義)、Uncertainty

Avoidance Index(不確実性回避選好)、Long-Term Orientation(長期志向)

を用いて、地震が株式収益率に与える影響を分析する。

7 Ferreira and Karali(2015)では、地震が 35 カ国の株式収益率に与える影響は有意に見られていない。しかし分析結果の係数は大きさや符号が国によっ

て様々であり、地震の市場への影響は国ごとに異なる可能性があると考えられ

る。

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3. 仮説

ここでは、投資家の気質や考え方を表すものとしてホフステッドの3つの国

民性指標を用い、それぞれに関して仮説を立てる。

3.1. Individualism(個人主義)に関する仮説

第1の仮説には、Individualism(以下、IDV)という国民の個人主義の度合

いを表した指標を用いる。ここでは、その国が個人主義と集団主義のどちらの

文化を持つかによって、各国の地震が株式市場に与える影響の違いを検証する。

Markus and Kitayama (1991)とKagitcibasi(1997)、Heine et al.(1999)

によると、より個人主義である国の人々は自身の能力を過信する傾向があると

いう。つまり、個人主義的な国民ほど自己評価が高く、自分の決断に自信があ

るということである。Beckmann et al.(2008)は、この個人主義志向による

過信によって人々が他人の意見に無関心になると述べている。さらに

Oyserman and Markus(1993)とTriandis (1995)は、個人主義の人々は自

身のことを優れていると思うことが多く、よりユニークで人とは異なる考え方

を好むと主張する。その一方で、集団主義である国の人々は、他人の意見に強

い関心を持ち人と同じ行動をとることを好む傾向があるという。Hofstede

(1994)は、集団主義の人々が他人の行動に非常に敏感であると述べ、Triandis

(1994)は、彼らがグループで固まることを好むと結論付けている。

これらの先行研究を参考にして我々が立てる第1の仮説は、「IDVスコアが低

い国ほど地震発生時の株式収益率が大きく下落する」というものである。地震

が発生した時、多くの投資家は株価下落の不安を感じ、株式を売却しようとす

る。そこで、IDVスコアが低い国、すなわち集団主義の傾向が強い国では、投

資家は他の投資家と同じ行動を好むため、株式を売却する投資家がさらに増え

市場は強い「売り」志向となる。したがって、集団主義の国の株価は大きく下

落すると考える。反対に、IDVスコアが高い個人主義の国では、投資家は地震

による価格変動に動揺することがない。そのため投資家は、地震後見られるで

あろう株式売却の流れに、集団主義の場合よりも影響を受けないと考えられる。

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これらの理論から、IDVスコアが低い国ほど地震発生時の株式収益率は大きく

下落するという仮説を立てる。

3.2. Uncertainty Avoidance Index(不確実性回避選好)に関する仮説

第 2の仮説には、ホフステッドの国民性指標の Uncertainty Avoidance Index

(以下、UAI)を用いる。これは不確実性をどの程度避けたいと思うかを表し

た指標である。我々は地震が起こった時に UAI がどのように株式市場に影響を

与えるかについて検証する。Franke et al.(1997)は、高い UAI の指標が馴

染みのない状況や不安定な状況に対する不快感を表していると説明している。

つまり、UAI スコアが高い国ほど不確実な出来事に対して耐性がなく不安を感

じることを表している。また、Kwok and Tadesse(2006)は、UAI スコアが

高い社会は不確実性や曖昧さを継続的な脅威だと認識していると述べている。

そこで我々が立てる第 2 の仮説は、「UAI スコアが高い国ほど地震発生時の

株式収益率がより大きく下落する」というものである。地震とは、いつ起こる

かもその規模も分からない不確実なものであるため、人々に不安をもたらすと

考えられる。一般的に投資家は、地震発生時、地震の被害による企業の業績悪

化や株価の下落などの不確実性を想定する。そして UAI スコアが高い国ではそ

の不確実性を強く嫌い、避けようとするため、株価が下落する前に株式を売却

する傾向が強いと考えられる。その結果、株価は大きく下落するであろう。つ

まり、不確実性回避の傾向が強い国ほど、地震発生時の株式収益率がより大き

く下落すると考えられる。これが我々の第 2 の仮説である。

3.3. Long-Term Orientation(長期志向)に関する仮説

第 3の仮説には、ホフステッドの指標の Long-Term Orientation(以下、LTO)

を用いる。これは、長期志向か短期志向かを表す国民性指標である。Hofstede

(2011)によると LTO スコアが高い、すなわち長期志向な国ほど将来を考慮

したうえで現在の行動を選択する傾向がある。反対に、LTO スコアが低い、す

なわち短期志向な国ほど将来よりも現在に重きを置き、即時的に結果を求めて

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現在の行動を選択する傾向がある。また Anderson et al.(2011)によると、

長期志向を持つ社会では、株式市場での取引において短絡的な考えを持たない

傾向があると結論付けている。このことから、LTO スコアが高い国では、地震

が発生し株式市場が混乱しているときでも、投資家は将来を見据えて合理的な

判断を下せる可能性が高い。一方で LTO スコアが低い国では、地震発生時に

おける目先の株式収益率の下落に大きく影響され、短絡的な考えのもとで株式

を売却してしまう可能性が高い。そこで我々が立てる第 3 の仮説は「LTO スコ

アが低い国ほど地震発生時の株式収益率が大きく下落する」というものである。

4. データ・分析方法

4.1. データ

本稿の分析では、1987 年 1 月 1 日から 2017 年 12 月 29 日までの過去 31 年

間において、地震データが観測されている 32 カ国を対象とする。地震データ

の出典は、National Oceanic and Atmospheric Administration の Global

Significant Earthquake Database である。今回の期間中に対象国で観測でき

た地震は 858 件である。そのうち地震の規模を示すマグニチュードのデータを

取得できたものは 856 件、被災額のデータを取得できたものは 151 件である。

また、各国の国民性については、ホフステッドの国民性指標を用いる。なお、

ホフステッドの国民性指標のデータは本稿末尾に付録として示す。また株式市

場の株価の動きを見るために MSCI 株価指数から算出した日次株式収益率8を

用いる。これはモルガンスタンレーキャピタル・インターナショナル社が公開

しているデータであり、各国に 1 つの株価指数が存在する。これらのデータは

Datastream の MSCI Market Index より入手した。1 国の 31 年間の日次デー

タの数は 8087 であり、サンプルサイズは 32 カ国合計 258,784 である。またコ

ントロール変数として用いる 1 人当たり GDP は各国各年のデータであり、

8 日次株式収益率=(当日の終値−前日の終値)/前日の終値 取引時間終了後に地震が発生した場合、翌日の株価の終値を使用する。

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World Bank のデータより入手した。

4.2. 実証分析のデザイン

本稿のテーマである、地震の株式収益率に与える影響が国民性によって異な

るかどうかを分析するために、国と日次から成るパネルデータを用いて回帰分

析を行う。パネルデータを用いた回帰分析の手法としては主に pooled

Ordinary Least Squares(以下、pooled OLS)推定、固定効果モデル、変量効

果モデルがある(Wooldridge, 2012)。変量効果モデルについては数多くの実証

分析9があるが、個別効果と説明変数が無相関でなければならないという仮定を

満たす必要がある。このような仮定を満たす推計式を構築することは困難と考

え、本稿では変量効果モデルを除いた、pooled OLS 推定と固定効果モデルの 2

つを用いる。一般的に、固定効果モデルは pooled OLS より適格な推定結果を

得られると考えられる。固定効果モデルは時間に依存しない変数である個別効

果を消去でき、pooled OLS 推定における欠落変数バイアスに対処できるから

である。我々はこの2つのモデルを比較しながら分析を行う。

4.2.1. pooled OLS 推定

ここでは pooled OLS 推定を用いたモデルを示す。まず、地震が株式収益率

に与える影響を簡単に確認するために、以下のようなモデルを用いて推計を行

う。

Ri,t = α + βEQi,t + ui,t (1)

(1)式における変数の下付き文字 i は対象の国を表し、t は時間(日次)を表す。

被説明変数 Ri,tは各国の株式指数の日次株式収益率である。αは定数項を表し、

β は説明変数の係数である。また、ui,tはモデルの誤差項である。EQi,tは地震

9 例えば、Gylfason and Herbertsson(2001)はインフレーションが経済成長に与える影響について変量効果モデルを用いて実証分析を行った。

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を表す変数である。具体的には、各推計式において、地震ダミー(Ei,t )、地震

のマグニチュード(MGi,t )、地震の被災額(DAMAGEi,t )を EQi,tに代入する。

このうち Ei,tは、国 i、時間 t で地震が発生した時に 1 をとり、それ以外の場合

は 0 をとるダミー変数である。MGi,tは国 i、時間 t で発生した地震のマグニチ

ュードを表す。マグニチュードは地震が発するエネルギーの大きさを対数で表

した指標であり、地震の有無しか捉えられないダミー変数と比べて、地震の規

模の違いを捉えられる。最後に DAMAGEi,tは国 i、時間 t で発生した地震の被

災額(10 億 US$)を表す。人々は、同じマグニチュードの地震でも被災額が

より甚大な地震に関心を持つと考えられる。そのため、地震の規模よりもその

被災額に注目することで、地震が株式市場に与える影響をより正確に捉えるこ

とができる。なお Ei,tのみならず、変数 MGi,t、DAMAGEi,tも、地震が発生し

ていない日の値は 0 として扱う。

次に、国民性の違いによって地震の株式収益率に与える影響が変化する可能

性を考慮したモデルを考える。 (1)式において EQi,tが Ri,tに与える影響である

係数 β を以下のように分解する。

Ri,t = α + ( β0 + β1IDVi + β2UAIi + β3LTOi )EQi,t + ui,t (1’)

ここでは、前述で述べたホフステッドの国民性指標である個人主義(IDVi )、

不確実性回避選好(UAIi )、長期志向(LTOi )を用いる。EQi,tが Ri,tに与える

影響は括弧内の β0 + β1IDVi + β2UAIi + β3LTOiとして表される。β1IDViは、地

震の株式収益率に与える影響が、個人主義の度合いで国ごとに異なる可能性を

考慮するものである。同様に、β2UAIiは不確実性回避選好、β3LTOiは長期志向

の度合いによって、それぞれ地震の株式収益率に与える影響が国ごとに異なる

可能性を考慮している。このように (1’)式は、地震と国民性の 2 つの要因が組

み合わさり株式収益率にどのように影響を与えているか、つまり地震が株式収

益率に与える影響が国民性の違いによってどのように異なるかを捉えるモデル

である。この (1’)式を展開すると実際に推計に用いるモデルが得られる。

Ri,t = α + β0EQi,t + β1EQi,t×IDVi + β2EQi,t×UAIi + β3EQi,t×LTOi + ui,t (2)

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12

(2)式は (1’)式の EQi,tの係数を展開したものである。EQi,t×IDVi、EQi,t×UAIi、

EQi,t×LTOiは地震とそれぞれの国民性指標の交差項である。これらの交差項を

モデルに含めることで、地震発生時の株式収益率がその国の国民性によって変

化する可能性を捉えることができる。

最後に、モデルの推定の精度を高めるためにコントロール変数をモデルに加

える。

Ri,t = α + β0EQi,t + β1EQi,t×IDVi + β2EQi,t×UAIi + β3EQi,t×LTOi

+ β4IDVi + β5UAIi + β6LTOi + β7lnYi,t

+ ∑ #$%& β8,kRi,t-k + ∑ #'

(%& β9,lYEARt,l + ∑ &&)%& β10,mMONTHt,m

+ ∑ *+%& β11,nWEEKt,n + ui,t

(3)

コントロール変数としては、まず国民性指標そのもの(IDVi、UAIi、LTOi)を

モデルに含める。次に lnYi,tは国民 1 人当たりの年次 GDP の自然対数を表して

いる。また、株式収益率が、その 1 日前、2 日前、3 日前の株式収益率(Ri,t-k )

の影響を受ける可能性を考慮して、それらもコントロール変数としてモデルに

加える。さらに、株式市場はその年の経済状態の影響を受けると考えられるた

め、その影響を年次ダミー(YEARt,l )でコントロールする。Keim(1982)に

よると 1月は他の月に比べて株式収益率は高く、Keim and Stambaugh(1984)

では月曜日の株式収益率は他の曜日よりも低いと述べられている。これらの株

式市場のアノマリーを考慮するために月次ダミー(MONTHt,m )と曜日ダミー

(WEEKt,n )も (3)式に含める。

なお、今回の実証分析で用いた変数の定義と記述統計量は図表 3 に示されて

いる。

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13

図表 3 変数の定義と記述統計量

4.2.2. 固定効果モデル

次に、前節では考慮しなかった国ごとの個別効果を固定効果モデルによって

対処する。以下に、地震が株式収益率に与える影響を表した固定効果モデルを

示す。

Ri,t = α + µi + β0EQi,t + ui,t (4)

固定効果モデル (4)式の説明変数は pooled OLS の (1)式と同じである。そして、

µiは国ごとの個別効果を表している。実際に固定効果モデルの推定を行うとき、

それぞれの変数について主体ごとの平均から偏差をとることで個別効果 µiを

消去する。これにより pooled OLS 推定では考慮できなかった個別効果による

欠落変数バイアスに対処できる。

(4)式では国民性の違いによって地震の株式収益率に与える影響が変化する

可能性を考慮していない。そこで (5)式では地震と各国民性指標の交差項を加え

る。これは pooled OLS 推定における (1)式から (2)式へと発展させる過程と同じ

である。

Ri,t = α + µi + β0EQi,t + β1EQi,t×IDVi + β2EQi,t×UAIi

+ β4EQi,t×LTOi + ui,t

(5)

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14

最後に (5)式にコントロール変数を加えたモデルを以下に示す。

Ri,t = α + µi + β0EQi,t + β1EQi,t×IDVi + β2EQi,t×UAIi

+ β3EQi,t×LTOi + β4lnYi,t

+ ∑ #$%& β5,kRi,t-k + ∑ #'

(%& β6,lYEARt,l

+ ∑ &&)%& β7,mMONTHt,m + ∑ *

+%& β8,nWEEKt,n + ui,t

(6)

以上の (1)~(6)式が推計式である。

5. 分析結果

第 4 節にて示したモデルの分析結果とその解釈を述べる。地震を表す変数と

して、地震ダミー(E )、マグニチュード(MG )、被災額(DAMAGE )を用

いて (1)~(6)式を推計した結果を、それぞれ図表 4、図表 5、図表 6 に示す。

図表 4 は地震を表す変数として地震ダミー(E )を用いた推計の結果である。

まずは図表 4 の左側の pooled OLS 推定の結果について述べる。E と各国民性

指標の交差項を含めた (2)式の結果については、統計的に有意性は確認できなか

った。しかし交差項の係数の符号は第 3 節で述べた IDV と UAI の仮説に整合

的なものである。まず、交差項 E ×UAI の係数の符号はマイナスであった。こ

の結果は、不確実性回避の傾向が強い国ほど地震発生時の株式収益率が大きく

下落することを意味する。また、E ×IDV については係数がプラスである。こ

れは IDV の値が小さい国、つまり集団主義な国であるほど、地震発生時の株式

収益率が下落することを示す。次に、(2)式にコントロール変数を加えた (3)式の

推定結果に注目されたい。そこでは、(2)式に比べて E と各国民性指標の交差項

の係数の絶対値が大きくなり、かつ t 値も増加して有意性が上昇した。特に E

×UAI の係数はマイナスで 10%水準で統計的に有意な結果となった。続いて、

図表 4 の右側の固定効果モデルの推計結果について述べる。E と各国民性指標

の交差項を含めた (5)式において、E ×UAI の係数はマイナスで 10%水準で統計

的に有意な結果を得た。また、 (6)式ではコントロール変数を加えることで E

×UAI の係数の絶対値が大きくなり、統計的に有意性も 5%水準に上昇した。こ

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15

れは pooled OLS 推定と同様の結果であることがわかる。

図表 4 地震ダミー(E )を用いた回帰分析の結果

次に、地震ダミー(E )では考慮できなかった地震の規模を捉えるため、E

の代わりにマグニチュード(MG )を用いたモデルの推計を行った。その結果

を図表 5 に示す。最終的なモデルである、コントロール変数を含む固定効果モ

デルの (6)式の結果に注目すると、図表 4 の結果と同様に交差項 MG ×UAI の係

数がマイナスで 5%水準で統計的に有意であった。つまりこの結果は、より規

模の大きな地震が発生した時に不確実性を回避する傾向が強い国であるほど、

その国の株式収益率は大きく下落することを示している。

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16

図表 5 マグニチュード(MG )を用いた回帰分析の結果

最後に、被災額(DAMAGE )を用いた分析結果を図表 6 にまとめた。

DAMAGE と各国民性指標の交差項を含めた (2)式の結果について、DAMAGE

×IDV の係数はプラスで 5%水準で統計的に有意であり、DAMAGE ×UAI の係

数もマイナスで 1%水準で統計的に有意であった。次に (3)式の推計結果をみる

と、交差項 DAMAGE ×IDV と DAMAGE ×UAI の係数の推定結果については

有意水準が上昇し、それぞれプラスで 1%水準で統計的に有意、マイナスで 1%

水準で統計的に有意であった。さらに、今までのモデルでは有意性が確認され

なかった長期志向(LTO)の交差項 DAMAGE ×LTO の係数についても、プラ

( ) * ,

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17

スで 10%水準で統計的に有意な結果が得られた。これらの推計結果は地震によ

る株式収益率の下落が UAI スコアの高い国のみならず、IDV スコアの低い国

や LTO スコアの低い国においても、より大きくなることを示している。この

ことは、図表 6の右側にある固定効果モデルの推計結果においても確認できる。

(5)式では DAMAGE ×IDV の係数はプラスで 1%水準で統計的に有意であり、

DAMAGE ×UAI の係数はマイナスで 1%水準で統計的に有意であった。また、

コントロール変数を加えた (6)式の分析結果は、(5)式に比べて交差項の係数の有

意水準が上昇した。DAMAGE ×IDVの係数はプラスで 1%水準で統計的に有意、

DAMAGE ×UAIの係数はマイナスで 1%水準で統計的に有意であり、DAMAGE

×LTO の係数はプラスで 10%水準で統計的に有意であった。(5)式、(6)式の固定

効果モデルの推計結果が (2)式、(3)式の pooled OLS 推定の推計結果と同様な結

果をもたらすことから、これらの分析結果は頑健的であるといえる。

以上より地震発生時には、IDV スコアの低い国、UAI スコアの高い国、LTO

スコアの低い国であるほど、その国の株式収益率が大きく下落するという 3 つ

の仮説に整合的な結果を得た。

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18

図表 6 被災額(DAMAGE )を用いた回帰分析の結果

6. おわりに

本稿の結果から、地震が株式収益率に与える影響はその国の国民性によって

異なることが明らかになった。この結果は本稿で提示した 3 つの仮説と整合的

であり、集団主義の国、不確実性回避の傾向が強い国、短期志向な国ほど、地

震発生時に株価がより大きく下落する。先行研究では、地震が株式市場に与え

る影響の規則性は明らかになっていない。しかし今回の分析で、各国の国民性

を介することにより、その規則性を明らかにすることができた。具体的には、

IDV スコアが低い国、すなわち集団主義の国ほど、地震発生時の株式売却の勢

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19

いにつられて多くの投資家が株式を売却するため、株式収益率がより大きく下

落すると考えられる。また、UAI スコアが高い国、すなわち不確実性回避の傾

向が強い国ほど、地震によって起こりうる株価の下落や企業業績の悪化などの

不確実な未来を避けようと、多くの投資家が株式を売却することで、株式収益

率の大きな下落を招くと考えられる。そして、LTO スコアが低い国、すなわち

短期志向な国ほど、投資家が地震発生時の株価変動による目先の損失を避けよ

うとし、株式の売り傾向が強まることで株式収益率は下落するといえる。

ところで、本稿では考察できなかった課題が 3 点ある。1 点目は機関投資家

の存在が株式市場に与える影響である。機関投資家は個人投資家に比べて心理

的影響に左右されにくいと仮定すれば、機関投資家の割合が高い国ほど、国民

性の違いによる地震時の株価の影響は小さいと考えられる。2 点目は海外投資

家の存在である。海外投資家は地震発生国の情報に乏しいと仮定すると、被災

状況を正しく把握できず、国内の投資家と異なる投資行動をとると考えられる。

3 点目は地震発生から数日後の株式収益率の動きの考察である。本稿では地震

発生当日に注目することで、被害が明らかになっていない不確実な状態で投資

家がどのように判断し行動するかに着目した。しかし、地震の被害が明らかに

なるにつれて株価は変動することも考えられる。そのため、1 日後、2 日後、1

週間後など、地震発生当日だけでなく後日に分析範囲を拡張することも興味深

い分析となるだろう。

世の中には不確実性を持つイベントがあふれている。それらが人々および経

済に与える影響は計り知れない。本稿では真の不確実性を持つイベントとして

地震に注目し、地震の株式収益率に与える影響がその国の国民性によって異な

ることを明らかにした。これは、金融危機やテロ、他の自然災害など予測不可

能なイベントの株式市場への影響が、国民性を介することで明らかになる可能

性を示唆している。本稿の発見は、真の不確実性を持つイベントが起きた時、

投資家がどのような投資行動をとるかについて分析する際の大きな参考となる

と考えられる。

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20

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23

付録 ホフステッド国民性指標

V 2 2 4 7

NEC PG

OPN IG

OPNG

N UGI

B

FGIC

FG

LILJ G

.ETMP

N AC

0CNJ T

0NC P NGP G

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2 BG

2 BL COG

2P IT

3 M

5 I TOG

5CSGAL

6CPFCNI BO

6CR C I B

8 HGOP

8FGIGMMG CO

8LI B

9 OOG

L PF DNGA

M G

RGPUCNI B

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